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時代考証の「齟齬」がもたらす豊かさ
上述したように、「リアリスティックな」音楽が周到に散りばめられている一方で、必ずしも厳密な時代考証にこだわりすぎていないというのも、本作の音楽が豊かな魅力を放つ由縁だろう。例えば、映画冒頭で歌われるゴスペル曲“Mysterious Ways”のスタイルは、明らかにコンテンポラリーなものだし、同様に、各時代に実際に流行したスタイルに比べて如実にモダンな響きを伴った曲は数多い。
こうした傾向は、ある種の舞台装置として「それ風」のサウンドが演出的に用いられるとき以外、つまり、各演者が自らの心象を吐露するように歌い上げる曲においてより顕著になるようだ。特に映画序盤、ネティが結婚後のセリーを訪ねるシークエンスに続いて歌われる本2023年版のための書き下ろし曲“Keep It Movin’”では、劇中の時代的背景はほぼ完全に無視されている。幸福感に満ちたモータウン風ソウル曲である同曲は、この「非時代性」あってこそ根源的なポジティヴィティを勝ち得ているといえる。また、クライマックスシーンにおいてセリーが独唱する“I’m Here”は、もはや「〇〇風」と形容して特定の時代性を云々する気を起こさせないような、真っ直ぐで感動的なパワーバラードとなっている。

当然ながら、こうした「齟齬」の効果は監督をはじめ制作者側もはじめから織り込み済みであるはずで、私達も逐一それに目くじらを立てるのは無粋というものだろう。むしろ私達は、こうした「齟齬」が仕組まれているおかげで、想像力豊かな、かつ自由への強い希求を秘めた物語として本作を楽しむことができるのだと考えたい。
時代考証の過度な徹底は、ときに映画の持つメッセージやスケールを矮小化してしまうことすらありうる。むしろ、そこに「揺れ」や「余地」が包みこまれているからこそ、そしてそれが豊かな可能性を示唆してくれるからこそ、映画は、特定の何かへ収斂しようとする負の力を振りほどき、おのずから想像力の羽を広げることができるのではないか(言うまでもないことだが、『カラーパープル』は、音楽学のための厳密なテキストでもなければ、アフロアメリカン音楽のマニアがほくそ笑むためのトリビア映画ではないのだから)。

この2023年版『カラーパープル』に、想像 / 創造力によってアフリカンアメリカンの歴史を読み直し、その軛から放たれて未来へと接続していこうとする志向を読み取れるのだとしたら、上で述べてきたような音楽のあり方もまた、大きく寄与しているのかもしれない。大胆なまでに現代風のプロダクションが施された書き下ろしのエンディングテーマ曲“Superpower (Ⅰ)”を聴きながら、私もまた、そのように自らの想像力を掻き立てられないではいられなかった。
『カラーパープル』

2024年2月9日(金)より全国公開
監督:ブリッツ・バザウーレ
原作:アリス・ウォーカー
出演:ファンテイジア・バリーノ、タラジ・P・ヘンソン、ダニエル・ブルックス、H.E.R.、ハリー・ベイリーほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
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