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その選曲が、映画をつくる

『カラーパープル』労働歌、ブルース、ゴスペル…時代を映す音楽とその効果的な「齟齬」

2024.2.1

#MOVIE

© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

舞台の時代・地域「らしさ」を巧みに取り入れた音楽

巧みなドラマ運びと各出演者のエモーショナルな演技によってそうしたポジティヴィティが前面化される一方で、当然ながら、その音楽も非常に大きな効果を上げている。

今作でキャストたちが歌う楽曲の多くは、ブレンダ・ラッセル、アリー・ウィリス、スティーヴン・ブレイらによって舞台版上演に際して作曲されたものを、新たに映画向けにアレンジしたものだ。その一方で、1985年版映画でクインシー・ジョーンズが作曲した“Miss Celie’s Blues”も再演されており、オリジナル版のファンにとっては嬉しいところだろう。また、新たに書き下ろされた楽曲もいくつか含まれており、それらも音楽的にみて重要な役割を果たしている。なお、監督たっての希望で、本作劇中に流れる楽曲のうちジャズ系のものはクリスチャン・マクブライドが、ブルース系のものはケブ・モが、ゴスペル系のものはリッキー・ディラードがアレンジを手掛けているという。

これらの楽曲の特徴としてまず興味を引くのが、舞台となった年代、地域でその当時の人々に聴かれていたであろう実在の音楽の要素が巧みに取り入れられている(ように聴こえる)という点だ。1909年が舞台となる映画の序盤では、ミスターのつま弾くバンジョーのサウンドや、囚人たちが掛け声を上げながら歌うワークソングなどが取り入れられており(セリーが街で我が子に遭遇するシーン後に歌われる“She Be Mine”など)、ブルース等のルーツ音楽が録音物として大々的に商品化される以前のヴァナキュラーな民衆文化の姿がほのめかされている。

その上で、およそ40年間の長い年月を巡る本作では、こうした音楽の構成方法とその変遷ぶりが、各時代の時間的変遷や流行、風俗を描くにあたってうまく用いられている。

禁酒法施行以降、いわゆる「ジャズエイジ」たる1920年へと舞台が移ると、ガラッとサウンドの傾向が変わる。特に、シュグが街にやってくるシーンで歌われる豪奢な“Shug Avery”等に、スウィングジャズ流行の足音を聴き取るのは容易い。また、この時代に隆盛するジャズ寄りのブルース=クラシックブルースの影もそこここから感じられるし(実際に、クラシックブルースの祖であるマミー・スミスのSPレコードが劇中でBGMとして使用されている場面もある)、シュグのキャラクター自体が往年のクラシックブルースの歌手を模しているのは一目瞭然だ。彼女は、マミー・スミスやベッシー・スミス、マ・レイニー、アイダ・コックスなどの同時代の歌手を思わせるきらびやかな衣装を身にまとい、ジャズ風のブルースを歌う(“Push Da Button”)。

シュグは、隣州テネシーの大都会メンフィスで人気を博す歌手でもあり、映画の中では、田舎に住むセリーたちと対比するように都会的なセンスをもった人物として描かれている。そのため、彼女が登場する場面では、ときにかなり洗練味を帯びた音楽が流される。セリーとシュグが映画館へ出かけるシーンでは、1930年代のハリウッドミュージカル作品を思わせる流麗な“What About Love?”が聴ける。更に、もっと時代を下り1945年へと舞台が移ると、今度は当時一斉を風靡していたジャンプブルース風のサウンド(“Miss Celie’s Pants”)が聴こえてくるという仕掛けだ。

加えて、世俗音楽たるブルースと神に捧げる音楽ゴスペルがほぼ全編を通じて明確に対立的な関係のもとに描写されているという点も、非常に印象的で、かつリアリスティックだ。ジュークジョイントで歌われるブルースは、色恋や酒、放蕩など俗世の惑いとともにありそれを表象する一方で、教会で歌われるゴスペルは、その惑いを振りほどく神への愛の象徴として描かれる。この対立構造は、牧師の父を持ちながらもブルースに「身をやつしている」シュグと、聖職者であるその父との断絶(と、きたるべき和解)の物語を加速させるとともに、現在の日本の観客にはややわかりにくい部分であろう当時のアメリカ南部社会に厳然と存在していた俗と聖の隔たりを、ドラマティックに伝えている。と同時に、単純にどちらが優れていると即断しないのも、本作の物語的な奥行きを形作っている。

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