連載「その選曲が、映画をつくる」第1回は、ミカエル・アース監督『午前4時にパリの夜は明ける』を取り上げる。 Television、ジョン・ケイル、キム・ワイルド、The Pale Fountains−−1980年代のパリを舞台に、ティーンエイジャーの息子と娘をひとりで養うことになった中年女性をシャルロット・ゲンスブールが演じた本作には、当時の街の空気を感じさせる音楽がたくさん使用されている。 音楽ディレクター / 評論家の柴崎祐二が、「過去を扱った作品がもつ二重性」をキーワードに論じる。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
1980年代のパリを追想する傑作映画
ミカエル・アース監督は、あらゆる人間の生にとっての永遠のテーマ=「喪失」と「再生」を描く現代の名手だ。『サマーフィーリング』『アマンダと僕』という類稀な傑作を経た最新作『午前4時にパリの夜は明ける』でも、ある家族の7年間の変遷を通して、それぞれの「喪失」と「再生」のありようを、ごく繊細な手付きで映し出す。
本作における「喪失」には、登場人物それぞれの「喪失」とともに、ある時代への美しいレクイエムも重ね合わせられている。それは、1980年代のパリの姿、匂い、音への追想であり、フランス社会が大きな変革を迎え、その変革が希望となり、あるときには失望となっていった時間の流れそのものへの思慮深い追想でもある。
映画は、1981年5月10日、フランス大統領選挙の投票日からはじまる。長く続いた保守政権に代わり、左派フランソワ・ミッテランが新大統領に選出されたこの日、パリの街はにわかに祝祭に包まれ、道行く人々は互いに喜びの言葉を交わす。そんな中、パンク・ファッションに身を包んだ一人の少女が地下鉄の駅を彷徨している。その名はタルラ(ノエ・アビタ)。
物語は、タルラに加え、本作の主役=夫と別れ悲嘆に暮れる母エリザベート(シャルロット・ゲンスブール)、その子供マチアス(キト・レイヨン=リシュテル)とジュディット(メーガン・ノータム)を中心に展開する。加えて映画の序盤、エリザベートは生活の糧を得るためにかねてから愛聴していた深夜ラジオ番組のスタッフの職を求め、そこで、DJのヴァンダ(エマニュエル・ベアール)と出会う。1980年代からフランス映画を代表する女優として活躍してきた二人=ゲンズブールとベアールが、その1980年代を舞台とする映画で邂逅する様に、両者のファンならきっと胸を熱くするはずだ。