音楽評論家・柳樂光隆が「良い音楽の流れる店」を巡る連載、第1回は渋谷のミュージックバー「Tangle」を訪ねる。 「ブルーノート東京でライブを見た後は、Tangleに立ち寄って一杯飲むのが定番となっている」という柳樂は、同店の選曲を「数あるミュージックバーの中でもかなり珍しい」と指摘する。その個性と魅力に迫る。
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良質なミュージックバーが集まる、渋谷マークシティ周辺
かつて、渋谷には数多くのレコードショップがあった。特に多くの店がひしめき合っていた宇田川町には世界中から買い付けられたあらゆるジャンルのレコードが集まっていた。それらの店でレコードを買ったDJたちがパーティーを行うクラブやDJバーも渋谷に数多く存在していた。それらの店にはDJを介した横の繋がりもあって、それぞれに影響を与え合っていた。そんな渋谷ではレコードのカルチャーとクラブのカルチャーが混ざり合って独自のカルチャーが育まれていた。渋谷系と呼ばれた音楽もそれらと深い関係があるのは度々語られているところ。
いくつもの店が閉店してしまった今でも、渋谷には世界中からレコード好きが足を運ぶレコードショップやクラブがある。そんな街に素敵な音楽が流れるバーがあるのは言わずもがなだ。

渋谷マークシティの周りは良質なミュージックバーがいくつもあるエリアだ。選曲家でDJでもある中村智昭さんの「Bar Music」、ブラジル音楽に強くブラジル料理が揃う「Bar Blen blen blen」、海外からの人気が特に高いソウル系バーの「JBS」などがある。ここで紹介する「Tangle」もそのエリアにある。

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多様なジャンルが交じり合う、個性的な選曲
Tangleは渋谷の中ではまだまだ新しく、知る人ぞ知るといった店だが、ここが面白いのは渋谷にあるのに渋谷のカルチャーとは少し毛色が違うところ。それはTangleのカウンターに立っているマイケルさんとミオさんのルーツが渋谷のレコードカルチャーでも、渋谷のクラブカルチャーでもないところに由来することが理由だと思う。
店内にはDJブースがあるし、スピーカーもクラブ仕様のもの。マイケルさんは都内の様々なクラブでプレイしていたり、音楽フェスの『FRUE』に出演していたりもするDJでもある。ただ、ブースの上やカウンターに目をやると、デヴィッド・ボウイやライ・クーダー、ジョージ・ハリソンやジョニ・ミッチェル、ジェリー・ガルシアやボン・イヴェールのレコードが飾ってあり、ずいぶんロックっぽい。渋谷のクラブではなく、新宿のロックバーを出自に持っているマイケルさんとミオさんの志向がそんな店内のディスプレイに表れている。マイケルさんが様々なクラブに呼ばれるのもロック出自の彼の個性的な選曲ゆえだろう。


そんなマイケルさんが選曲することも多いTangleの店内BGMはかなり個性的だ。ジャズやヒップホップやR&B、ブラジル音楽、アフリカ音楽などのニューリリースが流れていると思ったら、インディーロックやニューウェイブ、1950年代のロックが流れたりもする。サム・ゲンデルやマカヤ・マクレイヴン、チャイルディッシュ・ガンビーノが流れたと思ったら、同じ日にThe Rolling Stonesやボブ・ディラン、Led Zeppelinの名盤がサラッと流れていたりする。様々なジャンルと古いロックが交じり合う選曲はこの店の魅力のひとつだと思う。このバランス感はミュージックバーが数多くある都内でもかなり珍しい。

また、週末にはイベントをやっていることもあるし、平日にDJがさりげなく選曲を担当していることもある。20代のジャズDJコレクティブ「No Nations」のメンバーと僕が知り合ったのもTangleだった。
ロックのレコードが並ぶDJブースの後ろの壁の中にさりげなくサン・ラやUKジャズが混ぜてあることからもわかるように、この店の音楽的な間口はほんとうに広い。そんな自由さに惹かれた若いDJがプレイしている日のTangleは僕にとってもいい刺激になっている。
