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バンドで演奏する魅力を再発見したアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』
2022年に放映が開始されたアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』もまた、女子高校生たちがバンドを組む人気アニメ。「令和の『けいおん!』」などと呼ばれたりもしている。『けいおん!』と異なるのは、舞台が学校の軽音学部ではなく、最初からライブハウスだということ。技術的に拙いところがあるのは『けいおん!』にも通じるが、主人公は陰キャでコミュ障の高校生の後藤ひとり(通称ぼっちちゃん)。バンドを組むほど他者と協働する度胸がなく、自分がギターを弾いていることを示すために、ギターを背負って登校するも、誰にも気づいてもらえない。だが、たったひとりで延々と練習を続けてきた彼女のテクニックは驚愕もので、動画サイトにこっそりアップした演奏には誰もが一目置いている。
後藤ひとりが自己表現をアウトプットする場として動画サイトを選択したというのが今時だな、と思う。むろん、『イカ天』の頃はこんなに便利で手軽なプラットフォームもなかった。当然、ボーカロイドも発売されていない。目立ちたいと思ったら『イカ天』にビデオを送るのが最も手っ取り早い手段のひとつだったのだ。テレビの地上波に自分の姿が映れば嬉しいに決まっているし話題にもなる。更に審査員に認められれば自信もつくことだろう。つまり、どちらも目立とう精神と承認欲求に支えられているわけだ。2次元と3次元という違いこそあれ、両者は下支えしていた心性というのは共通していると言えるだろう。
物語が進むにつれ、後藤ひとりは徐々にそのギターの腕前を人前でも発揮できるようになってゆく。文化祭のステージでは弦が切れるというアクシデントをはねのけ、バンド仲間が持ち込んだカップ酒の空瓶で、ボトルネック奏法を披露してみせる。こうした機転の利かせ方は、『けいおん!』でも風邪で喉を傷めたボーカルの平沢唯に代わって、突如ベースの秋山澪が歌いだすという場面にも近い。
なお、同アニメの作中バンドである結束バンドの1stアルバム『結束バンド』は、2023年の年間Billboard JAPANダウンロードアルバムチャート『Download Albums』で首位を獲得した。同作はリリースからチャートインし続け、通算首位獲得数は7回、トップ10入りは21回というロングヒットで2023年の年間チャートを制した。
繰り返すが、今は、後藤ひとりのような陰キャのコミュ障でも、機材さえあれば自室で音楽を完結させることができる。発信のプラットフォームも充実しているし、わざわざ外に出て友達を作ってバンドを組まなくても、音楽がやれる時代なのだろう。その象徴が後藤ひとりである。だが、ひとりは陰キャだが、いや、陰キャだからこそと言えるかもしれないが、学園祭の大舞台やライブハウスでスポットライトを浴びたいという想いを秘めている。こういう人は意外に多いのではないだろうか。

もちろん、ひとりで完結させる音楽にはそれなりの愉しみがたくさんある。ネットを通じて作品を流布させることで、同好の士やファンと繋がることもできるだろう。だが、生身の人間が聴衆を前にライブをやることはやはり特別な快楽をもたらす。リアルタイムで返ってくる歓声や拍手や手拍子に憧れる者は多いはずだ。だからなのだろう、ボーカロイドで音楽を作っていたPでも、のちにバンドを結成する者は少なくない。米津玄師やYOASOBIのAyaseもボカロP出身だが、人前で顔出しをしてライブを行うことで得られた感興は、当然それなりのものがあったのではないか。