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ハッピーな時にギターは持たない
ー他にこういった人を信頼できるという基準だったり、誰かにかけられた言葉はありますか?
鈴木:うーん……母親から言われた「やらん後悔よりやる後悔」とか、「あんたはそれでいい」とか、思い出すことはあるけどこれといった言葉はない。うちはほんとに他人の話を聞かないんですよ。耳ちっちゃいでしょ。他人の話を聞かないから、退化して小さくなっちゃって。その都度、誰かにかけられた言葉はあるけど、忘れちゃう。人の優しさを使い捨てるみたいな無慈悲さがあるんですよ。
ー他人の言葉は歌詞に変換されてアウトプットされてるんですかね。
鈴木:あ、それはあるかもしれない。まじで覚えてないけど、歌詞を見返すとそのときのことを思い出すから。
ズ:いろいろ影響は受けてるんだと思いますよ。曲自体には影響ないかもしれないけど、心持ちが変わってると思う。
鈴木:そうだね。考え方は変わってきてる。
ー鈴木さんの曲には一貫して怒りや苛立ちがありますよね。先ほどは「家庭環境のモヤモヤ」とおっしゃっていましたが、現在はどういったことが歌詞に反映されているのでしょう?
鈴木:ずっと変わらずプライベートなことですね。自分のアクが強いからなのかもしれないけど、普通に生きてるだけで「なんやねんそれ」と思うことがどんだけでもあるし。スーパーの列の並び方とか、新幹線の席の座り方とかにも思うし、意地汚いんですよね。自分軸でしかものを考えられないから周りとも合わないし、仕事も続かない。それに対するムカつきプラス、自分はなんで曲げられないんだろう、理解し合えないんだろう、許せないんだろうという刃物みたいな苛立ちを消化するために音楽があるというか。だから、テーマが全曲一緒になっちゃう。

ー時期によって怒りが増減することもあるんですか?
鈴木:怒りの総量は減らないけど、ハッピーが多いことによって見えなくなることはあるかもしれない。例えば子猫が生まれたらスーパーの列なんてどうでもよくなるし。余裕が生まれるというか。そういうときに曲はかかない。
ズ:ハッピーの少ないときに曲ができるシステムなんだ。最悪だ(笑)。
鈴木:昔よく言っとったのがさ、自分が曲を作れんくなったら一番幸せなんやろうなって。ハッピーなときにうちはギターを持たないから。それは今でもずっと変わらない。曲を作れなくなったら私はきっと幸せなのでしょう。でも、そんなことありえるのかなとも思う。
ー曲を作りはじめる前はハッピーでしたか?
鈴木:高校生ぐらいまでは、確かにハッピーだった。部活やって楽しい、飯食って美味い、夜ちょっと遊びに出かけてイエーイ! って。それから環境とか家庭が変わって、「自分ってなんやろう」と考え出したらモヤモヤが見えてきた感じですかね。それが見えはじめたら、消えることはないから。もうちょっと頑張ったらもっと上の方も底も見えて、悟りみたいになることもあるとは思う。
