怒るって大変だ。疲れる。だから気づくと、怒りの種があっても見て見ぬフリをする癖がついている。そうやって漫然と日々を過ごしていたときに、このままではいけない、怒るべきときに怒らなくてはと気づかせてくれたライブがあった。2023年6月21日の渋谷La.mama、それが筆者と鈴木実貴子ズの出会いだった。
小柄な身体を爆発させるようにアコギをかき鳴らし歌う鈴木実貴子と、横で一音一音を心臓の鼓動のように叩く“ズ”からなる、名古屋の2ピースバンド。それから1年と少し経ち、鈴木実貴子ズがメジャーデビューすると聞いて意外に思った。既にキャリアは12年、世の中の全てに怒っているように見えたし、誰かと一緒に何かをやることも容易ではないような、強い個の印象を受けていたからだ。しかし話を聞いてみるとその理由は腑に落ちた。
鈴木が持ち続けていたのは「承認されたい」という欲求だった。『FUJI ROCK FESTIVAL’22』出演以降、多少の承認を感じられたことで伸び伸びとライブを楽しめるようになったという鈴木。メジャーデビューはその延長線上にあった。
メジャーデビュー、そして配信シングル“違和感と窮屈”“暁”のリリースに際して、自身も同世代のバンドマンであり、2人と感覚を共有しているであろうライターの張江浩司が話を聞いた。認められた安心があっても、日々の不満や怒りはなくならない。感情に揺さぶられ、精一杯生きる姿には、怒れない私たちが忘れていた人間くささと生きることの本質があった。
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バンドは憧れではなく、モヤモヤを吐き出す手段
ー鈴木実貴子ズは鈴木実貴子さんのソロ活動をきっかけに結成されたと思いますが、まずはそれぞれの音楽を始めるきっかけから伺いたいなと。
鈴木:高校のとき、隣の部屋からお兄ちゃんがかけてたSUM-41が聴こえてきて、かっこいいから自分でも弾いてみようと思って。お兄ちゃんのギターでカバーしようと思っても難しくて出来ないから、適当に弾いて自分の気持ちを乗せてみた、そしたらスッキリした。家庭環境のモヤモヤとかを吐き出せる場所がなかったから、ここで消化できるやんと気づいて。その時は人前に立つなんて考えてなかったし、頓服薬みたいな感じだった。

ーステージに憧れていたわけではなかったんですね。
鈴木:別世界すぎて、憧れもせんかった。自分がミュージシャンみたいなものになれるとは思ってなかったです。音楽をそこまで聴いてこなかったんで、詳しくもないし。
ー胸の内に溜まったものを解消するための手段が音楽だったという。
鈴木:完全にそうです。でも、今でもSUM-41は好きだし、音楽に対してかっこいいという気持ちは根底にずっとあったんだと思います。その時もバンド組みたいなとは思ってたけど。
ズ:友達がね。
鈴木:いなかったから。みんなでワイワイやるよりも、一人でポツポツやる方が向いてたんかなと思いますね。

鈴木実貴子(Vo. / Gt.)とズ(高橋イサミ)(Dr.)からなる、名古屋を拠点に活動するアコギとドラムの2ピースロックバンド。2012年結成、インディーズでアルバム3枚、EP2枚をリリース。鈴木実貴子の心を揺さぶる圧倒的なボーカルと、ズのエモーショナルなドラムから生み出される、ザクっと心の奥底に突き刺さるうた。そして、ポップセンス溢れるメロディー。一度聴いたら、心を鷲掴みされる、次代の表現者。2022年には『FUJI ROCK FESTIVAL』の「ROOKIE A GO GO」に出演、『RISING SUN ROCK FESTIVAL』の「RISING STAR」に選出された。2021年より開催している自主企画イベント『心臓の騒音』では、竹原ピストル、ヒグチアイ、THA BLUE HERBなどと共演。
ーはじめて人前で演奏したのはいつですか?
鈴木:大学の軽音部のときです。なんかのカバーをやったんですけど、「なんでうちがカバーせないかんのや」みたいな気持ちになったんで、1回で辞めちゃいました。それからmixiでメンバー募集してバンド組んで、そこからは自分の曲を演奏する今と変わらん感じですね。
ー他人の曲を演奏しても気持ちよくなかったんですね。
鈴木:全然違った。だって正解があるから。すごい窮屈と思って、しんどかったです。
ズ:今でもそうだよね。誰かのカバーをしてみようとなっても、コードも歌詞も覚えられない。
鈴木:相当根本が一緒じゃないと共感できないし、共感できないと歌えないし。だから自分の曲しかできないんですよね。結局、自分に一番興味があるし、自分が一番好きなんやなって思います。
ー色々なインタビューでも鈴木さんの承認欲求の強さに言及されてますよね。
鈴木:バンド名からして承認欲求の塊ですからね。どっかに居場所がほしいし、認めてほしいし。そう思っとる自分のことは自分で認めてないから、永遠に孤独なループみたいな。

ーズさんが音楽をはじめるきっかけは?
ズ:ギターがすっごく上手な高校の後輩がいて。それを見て面白そうだなと思ってはじめました。だから最初はギターだったし、高3の文化祭はベースだったし、今はドラムだし、楽器にこだわりはないんですよね。僕が高校のときに聴いてたブランキー(BLANKEY JET CITY)とか、ミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)、ナンバガ(NUMBER GIRL)とかは、あんまりメディアに出てなくて。特にナンバガは見た目も普通だったし、そういう人たちがかっこいい音楽をやっているのが自分の中ですごくしっくりきたというか。
ー「自分にも出来るかも」と、音楽を憧れよりも手段として捉えているのが鈴木さんとの共通点に思えます。
ズ:そうですね。きっかけになった後輩が今でも音楽やってるから、自分も続けているみたいなところもあります。

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エンタメを省いたところにある美しさ
ーソロで活動していた鈴木さんが色々な人とスタジオに入ってみる時期があり、そこでズさんと一緒にやることになったそうですが、当初はもう一人ギタリストがいたんですよね。その人が辞めて2ピースバンドとして活動されてますが、バンドサウンドとしてはやはり欠けているじゃないですか。それでも2人で続けているのは「これでいける」と確信を持ったタイミングがどこかであったのかなと思うのですが。
鈴木:ないんですよ(笑)。
ズ:今でもバンドとして成立してないんで(笑)。それがめちゃくちゃ悩みなんですよね。たまにサポートメンバー入れてバンド編成でライブやると「これでしょ、最高!」みたいな気持ちになるし。
鈴木:でも、意外とお客さんは2人編成が好きって言ってくれるから、バンドはバンドでやりたいと思うけど、2人でも別にいいかなとも思う。
ズ:種類が違う感じがしますね。バンドでやるとすごく音楽的になるし、2人でやると音楽からちょっと離れて一つの表現としてやるという気持ちになる。お客さんが2人の方が好きというのもすごくわかる。ただ、誘惑があるよね。
鈴木:うん、ベースとエレキの音の誘惑に負けるんだよね。他のバンドを観てても、「やっぱエレキないとあかんやん」と思うもんな。でも、うちがバンド編成でやると、武装した気持ちになってちょっと調子に乗るんよね。音も大きいし、無敵感みたいなのが出ちゃう。でも、それは嘘やん(笑)。調子に乗りすぎるのをセーブするという意味では2人もいいかなと思う。

ー衣装とか演出を作り込むステージの良さもありますけど、それは鈴木実貴子ズのやり方ではないと。
鈴木:そういうのも楽しいと思うけど、自分がかっこいいと思ってきたものは違うかもしれない。ライブ中のサンボマスターの形相とか、そういうところに美しさと人間らしさを感じるから。パジャマのままでライブやってほしいし、生身の人間をライブに求めちゃう。
ズ:エンタメを省いたときの美しさみたいなんがあるよな。
鈴木:そうそうそう、言ってしまえばメジャーと逆なんだよね。吹き溜まりみたいなところにギラっと光るものこそ真実やっていう思想だから。
歌いたい事はTシャツみたいな 生活に馴染んだ飾り気のない物
着古した布の 内側のようさ 伸びきった肌着 薄くなった靴底
明日も要らない 未来もいらない 安心も要らない 今だけが欲しい
そんなんじゃだめか そんなもんじゃだめか 値札の付かない人生の売り場鈴木実貴子ズ“夕やけ”
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チャラくない人と一緒にやりたい
ー11月27日(水)にリリースされるメジャーデビュー2作目の”暁”には田渕ひさ子さんと五味岳久さんが参加していますが、まさに無敵のギターとベースですよね。
ズ:いいなと思うプレイヤーはたくさんいても、一緒にやりたいと思える人は全然いないんですよ。その中で僕ら2人ともやりたいと思える人が参加してくれたから、むちゃくちゃ嬉しいですね。夢みたい。
ー「一緒にやれる / やれない」の基準はなんですか?
ズ:うーん、言葉にすると難しいですけど、オルタナ感かなあ。
鈴木:チャラくないことかもしれない。頭を使ってる人が信頼できる。
ズ:直接話したときの感覚だよね。レコーディングもめちゃくちゃスムーズだったし。抽象的なイメージしか伝えてなかったんですけど、もう一発で決まりました。

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ハッピーな時にギターは持たない
ー他にこういった人を信頼できるという基準だったり、誰かにかけられた言葉はありますか?
鈴木:うーん……母親から言われた「やらん後悔よりやる後悔」とか、「あんたはそれでいい」とか、思い出すことはあるけどこれといった言葉はない。うちはほんとに他人の話を聞かないんですよ。耳ちっちゃいでしょ。他人の話を聞かないから、退化して小さくなっちゃって。その都度、誰かにかけられた言葉はあるけど、忘れちゃう。人の優しさを使い捨てるみたいな無慈悲さがあるんですよ。
ー他人の言葉は歌詞に変換されてアウトプットされてるんですかね。
鈴木:あ、それはあるかもしれない。まじで覚えてないけど、歌詞を見返すとそのときのことを思い出すから。
ズ:いろいろ影響は受けてるんだと思いますよ。曲自体には影響ないかもしれないけど、心持ちが変わってると思う。
鈴木:そうだね。考え方は変わってきてる。
ー鈴木さんの曲には一貫して怒りや苛立ちがありますよね。先ほどは「家庭環境のモヤモヤ」とおっしゃっていましたが、現在はどういったことが歌詞に反映されているのでしょう?
鈴木:ずっと変わらずプライベートなことですね。自分のアクが強いからなのかもしれないけど、普通に生きてるだけで「なんやねんそれ」と思うことがどんだけでもあるし。スーパーの列の並び方とか、新幹線の席の座り方とかにも思うし、意地汚いんですよね。自分軸でしかものを考えられないから周りとも合わないし、仕事も続かない。それに対するムカつきプラス、自分はなんで曲げられないんだろう、理解し合えないんだろう、許せないんだろうという刃物みたいな苛立ちを消化するために音楽があるというか。だから、テーマが全曲一緒になっちゃう。

ー時期によって怒りが増減することもあるんですか?
鈴木:怒りの総量は減らないけど、ハッピーが多いことによって見えなくなることはあるかもしれない。例えば子猫が生まれたらスーパーの列なんてどうでもよくなるし。余裕が生まれるというか。そういうときに曲はかかない。
ズ:ハッピーの少ないときに曲ができるシステムなんだ。最悪だ(笑)。
鈴木:昔よく言っとったのがさ、自分が曲を作れんくなったら一番幸せなんやろうなって。ハッピーなときにうちはギターを持たないから。それは今でもずっと変わらない。曲を作れなくなったら私はきっと幸せなのでしょう。でも、そんなことありえるのかなとも思う。
ー曲を作りはじめる前はハッピーでしたか?
鈴木:高校生ぐらいまでは、確かにハッピーだった。部活やって楽しい、飯食って美味い、夜ちょっと遊びに出かけてイエーイ! って。それから環境とか家庭が変わって、「自分ってなんやろう」と考え出したらモヤモヤが見えてきた感じですかね。それが見えはじめたら、消えることはないから。もうちょっと頑張ったらもっと上の方も底も見えて、悟りみたいになることもあるとは思う。

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ライブでも鬱屈が発散されないまま、音楽ごと日常に持ち越す
ー鈴木さんの曲には、「歌うこと、曲を作ること」自体がモチーフに埋め込まれてると思います。音楽も生活から切り離せなくなっているので、発散のために曲を作ってもそれによってまた溜まっていくストレスもある、というループにいるんじゃないかと思うんですが。
鈴木:うん、抜け出せなくなってる。辛いですよ。でも、聴いた人がそれで何か感じていい展開になってくれるなら全然いいっすよ。今まではあんまりこういう気持ちになったことなかったけど。
ズ:ちょっと救いがあるってことやんな。
ー鬱屈した人が集まって、大きい音でドカンと盛り上がることで一時的に悩みを忘れるのがロックバンドの機能の一つだと思うんです。でも、スッキリしすぎちゃって問題がうやむやになることも往々にしてあるなと。鈴木実貴子ズは、鈴木さん自身が発散できてないから、リスナーもずっと考えないといけない状態になるというか。
鈴木:発散されないまま音楽を日常に持ち越しちゃうってことね。
ーまさにそうです。だから聴く人の人生に影響を及ぼす力が強いということだと思います。そのぶん、鈴木さんはつらいループから抜け出せないわけですが。
鈴木:きついっす。もう明らかにきついですね。

ーズさんは隣で見ていて鈴木さんのつらさを感じますか?
鈴木:バチバチに感じてるよな? ハゲちゃってさ。
ズ:こっちもきついんです(笑)。間違いなく僕が一番近くで見ちゃってるんで、だからこそ信じられる部分もあるし、「お前いい加減にしろよ!」みたいな部分もたくさんある。みんな大小抱えてバンドをやっていると思うんですけど、彼女ほど生活につらさも音楽も組み込まれてる人はいないんで。そこに惹かれるし、それが僕が続ける意味というか。
鈴木:もちろんつらいんやけど、ライブはめっちゃ楽しいんですよ。ライブなかったら曲は作らんかもしれない。昔は違ったけど、今はそれが支えてくれてるような気がする。ライブの楽しさって、縄跳びするくらい単純な楽しさなんですよね。
ズ:楽しくなったのはここ最近じゃない?
鈴木:『フジロック』からかもしれん。認めてくれる人がいるという安心感で、もっとのびのびしていいっていう感覚が生まれた。それまでは、需要が全くないと勝手に思ってたから。
ズ:そうそう、あなたもっとのびのびしていいよ。認めてくれる人たちがいるんだから。
鈴木:それこそメジャーの話にも通じるけど、関わる人が多くなったことが小さい自信になったというか。「自分のままでいていいんや」と、普通の人の100分の1くらいは思えるようになったのがうれしいし、楽しい。

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曲を大衆的にしたくはないけれど、認められたいとは思う
ー”違和感と窮屈”を配信リリースしてメジャーデビューしましたが、周りはどんな反応でしたか?
ズ:シンプルに喜んでくれる人もいれば、いい意味で(笑)がついてる人たちもいて。「お前らがメジャーっておもろいやん」って。それも、僕らをわかってくれてる感じがしますね。変わらないままメジャーデビューしたことを面白がってくれてる感じで。
鈴木:「売れようとしてる」「変わっちまったな」みたいな反応があってもおかしくないのに、意外と素直に受け入れてくれたね。でも、本当に変わってないから「変わっちまったな」って言えんよな。
ズ:それはまじで事務所とかレーベルのスタッフさんのおかげではあります。
鈴木:「こんなに変わんなくていいの?」って感じで(笑)。
ズ:ずっと一緒にやってきてるスタッフさんに「鈴木実貴子ズはどうなりたいんですか?」とよく聞かれてて。「うちらは曲を大衆的にしてでも売れたいとは思わないけど、認められたいという気持ちはめっちゃあります」と答えてたんで、その延長でメジャーの話も来たんだろうなと感じてます。
鈴木:うちらがどうこうならんって、みんなわかってくれてると思う。その上で接してくれてるから、だいぶ楽。

ー2人が変わらない一方で、受け取られ方が変わることはあると思うんです。例えば同じ曲を演奏するにしても、その場所が高円寺の無力無善寺と地上波のテレビ番組では意味合いが違ってくるというか。
鈴木:まだそれを感じたことないですね。
ズ:映画『ナミビアの砂漠』で、砂漠に人工的に作られた池に集まってくる野生動物が映っているライブ映像をスマホで見てる、その違和感が描かれていたと思うんですけど、それと一緒だと思っていて。どっぷりライブハウスで聴くのはしんどいけど、テレビで見て深く聴いてないからこそ賛同できる人もいるかもしれないし、そのズレとか違和感は面白いと思う。
鈴木:だから気軽に叩いてもらってもいいです。批判されてやっと一人前というか、YouTubeのコメントでもなんでも大好物だから。
ズ:もっとちゃんと売れて、気軽に「実貴子ズいいよねー」くらいの感覚で言ってもらってもいいよな。