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住み続けることによる「しあわせ」に向かって

食べ物は、それを食べた時に感じたこと、言われたことなどのエピソードごと、その人の心と身体にずっと残る。だからこそ、「自分の家やら持ち物を手放すのは我慢できるけどね、自分の味で食べられなくなるのは辛い」という第8話の鈴の言葉は重い。私たちにとって、本当の意味で「帰る場所」となるのは、家でも団地でもなく、それぞれが愛する「味」なのだ。そしてその味は、慣れ親しんだ我が家の味とは限らないし、様々な事情で、かつての自分が好きだった味を楽しめなくなることだってある。日々変化し続ける、その時その時の自分の身体が喜ぶご飯こそが、「世界で一番美味しいご飯」なのだと本作は教えてくれる。そして誰かの心と身体の養分となったその「味」は、その人の幸せな記憶とともに、他の誰かの心に伝播していく。本稿の冒頭で紹介した干し柿のエピソードが、元は、司が鈴に言われたことの受け売りであったように。
司がいなくなった朝、鈴の切なさを癒すのは、「粥有十利(しゅうゆうじり)」という司の言葉の受け売りを言って微笑むさとこと、さとこが作った小豆粥の優しい味だった。移住という「新しいこと」に挑戦できる可能性がなくなり、「ここに住み続ける」と決めたことで「また別の新しい可能性が生まれた」と第8話のさとこは言った。それもまた、第1話で鈴が言った「いい条件が重なった」ということだ。いい条件が重なり続けたその先の「しあわせ」は、永遠に続くものではないかもしれないけれど、それでも懸命に、前を向いて生きようとする彼女の人生は、この先もずっと明るい気がする。
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』

NHK総合にて毎週火曜夜10時から放送中、NHKプラスにて見逃し配信中
最終話(第9話)は5月30日(金) 午前0:35からNHK総合にて再放送予定
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/B9N328J5VP/