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Ryoji Ikeda初となる全国ツアーの初日
Ryoji Ikedaが精力的に動いている。パリと京都を拠点にしながら、特にコロナ以後は青森・弘前れんが倉庫美術館での大規模な個展を開催したり『MUTEK.JP 2022 Edition 7』へ出演したり、さらには活動のキャリアを振り返るかのようなアルバム『ultratronics』をリリースしたりと、ここ日本でも様々な形でその試みに触れる機会が設けられてきた。そして今回、ライブツアー『ultratronics Japan Tour』で5カ所をまわるという。各公演とも、なるほどそう来たかと言いたくなる組み合わせの妙が光るキュレーションで、VMO a.k.a Violent Magic Orchestra、∈Y∋、goat、長谷川白紙、Alva Notoという絶妙なラインナップが並ぶ。2022年リリースの『ultratronics』は国内でもすでに数回披露されており、その後世界中の様々な会場を揺らしてきた。覚めやらぬ熱狂の中、今回ついに神奈川・KT Zepp Yokohamaを皮切りにツアーにて再演が体験できるというわけだ。

1966年岐⾩⽣まれ、パリ、京都を拠点に活動。国際的に活躍する作曲家 / アーティストとして、電⼦⾳楽の作曲を起点としながら体験としてのアートを提⽰する。⾳やイメージ、物質、物理現象、数学的概念などの様々な要素の精緻な構成を⽤いて、⾒る者 / 聞く者の存在を包みこむライブパフォーマンス、インスタレーションを発表している。
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オープニングアクトは海外フェスも常連のVMO a.k.a Violent Magic Orchestra
まず、オープニングアクトとしてVMO a.k.a Violent Magic Orchestraが登場。いま最も爆音のライブに定評があるアクトである。

エレクトロニクス担当のPete Swanson(ex Yellow Swans)、MIX、シンセ、ビート担当の Extreme Precautions、楽器担当のVampillia、ライブヴィジュアル担当のkezzardrix、そして3台のストロボライトからなるテクノ、ブラックメタル、インダストリアル、ノイズが渾然⼀体となり発光される光と闇のイリュージョン!架空の⻄暦 2099 年世紀末⾳楽プロジェクト。それはまるでブラックメタルmeetsクラフトワーク、バーズムに侵略されたエイフェックスツイン。ちなみに現在もっともライブハウス、クラブで電⼒を喰うユニット。VMOの総電⼒量は4500W(アンプ56台分)。
この日はKT Zepp Yokohamaの広さやスクリーンの大きさを目一杯活用した壮大なステージで、大箱ならではのサウンドの立体感が爆音をさらにシャープに聴かせる。ブラックメタル、ノイズ、クラブミュージックが渾然一体となった音は、むしろ普段の小さい会場の方が発散的に聴こえたから不思議だ。つまり、いつものVMOのステージはもっとフロアとの距離感が近く双方向的で暴力的だが、この日はショウとして非常に研ぎ澄まされており、むしろそれだけで独立しているような孤高の完成度を誇っていたのである。海外ではエレクトロニックからヘヴィミュージック系の大きなフェスまで頻繁にパフォーマンスしているVMOだが、国内でももっとこの規模で観たいと思わせるステージ。日本の私たちは、まだ彼らの本当の魅力に気づいていなかったのかもしれない――そう感じてしまうほど、雑味も含めすべてが調和へと向かっているような、一つの作品として鑑賞できるものになっていた。そしてそれを可能にしているのは、やはり思弁的な性質を持つブラックメタルというジャンル固有の特性であり、その美学を下支えする音の強度によるものだろう。

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聴く者の意識を最小単位まで分解し集中させる『ultratronics』の凄みが凝縮
さて、あまりに刺激的なオープニングを経て皆がビリビリと身体の痺れを感じる中、Ryoji Ikedaが颯爽と現れる。巨大なスクリーンを背後に必要最低限の機材とともにぽつねんとたたずむシンボリックな姿は、それだけでRyoji Ikeda作品の概念を表象しているようだ。

早速、傑作『ultratronics』の冒頭の曲“ultratronics00”が静謐なパルス音とともに始まる。まずここで、身の毛がよだち、毛穴が開くのが分かる。観客の身体がびくっと動き、会場中に鋭敏な感覚がうごめく。そのまま“ultratronics01”になだれこみ、白 / 黒のモノクロームでデータを視覚化したかのような映像がスクリーンを占拠し、音と映像が同期しながら会場全体を突き抜けていく。もちろんそれ自体は特に目新しいものではなく、これまでのRyoji Ikedaワークスにおいても度々実践されてきた手法であるが、多岐に渡る彼の取組の中でも今回は『ultratronics』という明晰さを凝縮したような作品のライブであるがゆえに、これまで以上にシンプルで透き通った凄みが直接的に働きかけてくる印象だ。
そしてここに、『ultratronics』のライブ公演が持つ体験としての本質がある。というのも、映像にしても音楽にしても、聴く者の意識を最小単位まで分解し集中させるのが『ultratronics』の傑出した作用であり、だからこそ、映像を構成する光=電磁波や、音楽を構成する音=機械波が物理的な波動現象として私たちの身体に働きかけることを実感させられるからだ。映像や音楽を電磁エネルギーとして、また分子の運動エネルギーとして知覚できるレベルにまで研ぎ澄ませていくのが本公演の最大の醍醐味と言っても過言ではない。特に、尋常ではなく太い低音域を随所に織り交ぜることで生まれるダイナミズムは、時に骨伝導としても私たちの身体に打撃を与える。皮膚が、聴覚や視覚といった機能をも持ち合わせた「0番目の脳」と呼ばれる高機能な感覚器官であることを思い出すのである。

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花火のように、緊張と解放のプロセスを行き来する魅力的な体験
さらに驚くべきは、分解された音や映像の一つひとつを体感していく中で、それがもはや音楽を超えたものとして感じられる点である。中でも、ボイスサンプリングが効果的に挿入される“ultratronics02”を筆頭に、ベース由来の重低音が響く曲であればあるほど、音楽体験から引きはがされ「音体験」を思い出させるパフォーマンスとして身体に入ってくる。ミニマルなエレクトロニックミュージックのライブ会場にいると、あまりの音の強大さに雷やジェット機が放つ轟音を連想することがあるが、この日の『ultratronics』の一部で連想したのは打ち上げ花火の重低音だ。花火の爆発音は広い周波数帯を含んでおり、特に低周波が、広大な自然の中で空気の圧力変化と残響効果を響かせることで全身に衝撃を与える。KT Zepp Yokohamaの広い空間に放たれた音と映像は、さしずめモノクロームの花火のような同期性と相乗効果をもって押し寄せ、アドレナリンを分泌させた。
きちんと盛り上がりを作っていくこの日のライブは、突然降り注ぐ爆音によって観客を驚かせつつも快楽へと導いていたが、それはまさしく、緊張と解放のプロセスを行き来する花火のメカニズムにも近い。そういった分かりやすい喩えが浮かんでくることからも分かる通り、臓器を振動させるほどの深い爆発音に身をまかせていると、このライブがとてつもなくポップなものに感じられてくる。もちろん、Ryoji Ikedaが得意とする、鋭利だが痛くない滑らかな音作りによる効果もあるだろう。緊張と解放の過程が全て心地よい音で鳴るという、この魅力的な体験は何にも代え難い。

考えを巡らせているとあっという間に本編は終了、最後は音量も音圧も増大しビッグバンのように弾け散ったのちクローズ。これからツアーを観る人のために映像の内容は伏せておくが、極めて劇的な終わり方であった。予想に反してアンコールも行われ、Ryoji Ikedaは心なしか客席に向けてペンライトを振っていたようにも見えたが、とにかく終始無駄な音が何一つ鳴らず、最小単位まで音を絞っていくスタイルが貫かれたことについて唖然としてしまう。それによって音楽自体も解体され、単なる鋭利な音がポップに感じられるという、原始的な感覚まで引き戻されるのが彼のライブなのである。
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躍ること以上に、ある種のつながりを感じる強烈な体験
公演が終わり照明が点いた時の、周囲の顔が忘れられない。明らかに感覚器官が変化し、皮膚と脳が研ぎ澄まされたように感じて、皆が薄ら笑いを浮かべている。これは本質的であり原始的な体験だからこそ、むしろ音楽について何の知識も持たない人が観ても楽しめるライブなのではないか(子どもでも!)。
今回も多くの人が「自分の五感の限界を超えて新たな機能が引き出されるような感覚に陥る」といったような感想を述べていたが、それは全く誇張ではないだろう。筆者の場合は、音の波動によって皮膚が脈打たれたことでフィジカルにはかなり負担がかかったが、精神的にはむしろデトックスされたような妙な境地にたどり着いた。それは恐らく、振動によって身体自体が揺さぶられたのと同時に、自身の価値観がぐらりと揺らいだからであろう。脳の中に積み上がっていたものが崩れ去っていくことの、解放感。これは恐らく、ライブ会場で多くの人と同時に体感することに意味がある。
加えて、この日のライブは、ダンスしている人が驚くほど少なかったのも興味深かった。皆、「躍ることすら忘れていた」のではないか。とどのつまり、『ultratronics』公演は、最小化された音と光の連続、膨大なデータの視覚化によって、人間の知覚を超えた感覚領域を「共同で」体験する儀式である。そこでは、躍ること以上に、ある種のつながりを感じる強烈な体験が得られる。思考や常識の枠組みを崩し根本的な問いを突きつける、得難く残酷な体験によって私たちがつながるという奇跡。一体、∈Y∋、goat、長谷川白紙、Alva Notoらがオープニングアクトに並ぶ今後の各地公演は、どのような内容になるのだろう?

Ryoji Ikeda『ultratronics Japan Tour』

• 2024/12/13 神奈川県 KT Zepp Yokohama ゲスト:VMO a.k.a Violent Magic Orchestra
• 2025/1/11 福岡県 Zepp Fukuoka ゲスト:∈Y∋
• 2025/2/7 大阪府 Zepp Namba ゲスト:goat
• 2025/2/10 愛知県 Zepp Nagoya ゲスト:長谷川白紙
• 2025/2/23 北海道 Zepp Sapporo ゲスト:Alva Noto