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『ラーメンどんぶり展』レポート。ラーメンから地球の未来に思いを馳せる充実の展覧会

2025.3.20

#ART

ラーメンはお好きですか。きっと世界でいちばん愛されている食べ物、ラーメン。中国で発祥し、日本で独自の進化を遂げた国民食、ラーメン。ああ、みんな大好き、ラーメン。本記事はそんなラーメンの容れ物である「ラーメンどんぶり」に焦点を当てた、21_21 DESIGN SIGHTにて開催中の『ラーメンどんぶり展』の内覧会レポートです。

ラーメンどんぶりに注目した初の展覧会、と思いきや……

いまだかつて、ラーメンどんぶりをテーマに掲げた展覧会なんてあっただろうか。と思ったら、意外にもあった。本展のディレクターを務める佐藤卓と橋本麻里が手がけた、2014年の『美濃のラーメンどんぶり展』(松屋銀座・デザインギャラリー1953)である。二人は実に13年も前からラーメンどんぶりの展示に関わっており、これまで国内外で何度も小規模の展覧会を開催してきた。今回はそれの決定版とも言える、大幅バージョンアップ版の展覧会なのだ。

はじめに言ってしまうと、さすが何度も開催を重ねているだけあって、展示の厚みやテーマの掘り下げが想像以上にすごい。遊び心に満ちた企画であると同時に、ふと気がつけば、図らずも地球の歴史について考えさせられる……という深みを持った展覧会である。

展示冒頭にある巨大なラーメンの食品サンプル(興奮で近寄りすぎて、大きさがわからなくなってしまった……)。

それでは想定外の感動が冷めたり伸びたりしないうちに、さっそく見どころをお伝えしていこう。

イントロダクション〜ラーメンの歴史と現在〜

展示室にはラーメン店の喧騒をイメージした音響作品が流れ、カウンター席風の鑑賞イスも用意されている。

まずはラーメンの歴史と現在について分析するパートだ。ラーメン発祥・展開の様子や、統計で見るラーメンの人気ぶりが紹介される。さらにいくつかの有名漫画を取り上げ、各時代によってラーメンがどのような役割を担って描かれてきたか、などが壁面展示で分かりやすく語られる。

あれもこれも見覚えが……。各漫画でラーメンがどのような文脈を背負っていたのか、横のパネルに詳しい解説も添えられているので要チェック。

よく見ていくと、これらは単純なラーメンの称揚でも豆知識の集まりでもなく、ラーメンというスコープを通じて誠実に私たちの社会を検討した展示であることが分かる。例えば「メディアとラーメン」の項では、1960年代のインスタント麺が普及した時代、家事を担う女性がそれを利用し「手抜き」することへの世間のタブー視、家事負担軽減への抵抗感を冷静な視点で見つめている。さらに「ラーメンと日本」の項では、今や寿司よりも日本食としての知名度・外国人満足度を誇るラーメンの原材料が、アメリカに頼りきりであるという事実にも触れており、導入にしてかなり読み応えのあるパートとなっている。

愛すべき、お店オリジナルのどんぶりたち

加賀保行「ラーメンどんぶりコレクション」

続く最初の展示室では、私たちのよく知るラーメンという食べ物について、改めて掘り下げていく。目を奪うのは、ズラリと並んだ約250個ものラーメンどんぶりだ。これらはすべて市販品ではなく、日本各地のラーメン店が自店のために制作したオリジナルのどんぶりである。ラーメンどんぶりコレクターがプレゼント企画やオークションなどを駆使して収集したコレクションから、その半分ほどを借り受けて実現した展示だという。まとめて見ると、店ごとにラーメンを美味しく見せるべく工夫を凝らしているのが伝わってくる。ラーメン好きなら、いくつも見覚えのあるどんぶりに出会えるはずだ(特に東京の店が多い)。

ラーメンを徹底解剖したコーナー

「ラーメンと丼の解剖」

こちらは、ラーメンというものを外側から内側へ順を追って切り開き、解剖していくコーナーだ。名前に始まり、見た目、香り、具材、麺……と要素が紐解かれてゆく。壁面には、ラーメンどんぶり作りに関わるアイテムをスタイリッシュに撮影したパネルが掲げられている。雷紋(縁取りの渦巻き模様)を絵付けするためのゴム印などの姿が見られて面白い。

同・「香り」の項

解剖された要素は、文章だけでなく五感を使って確かめられるような展示が用意されている。例えば「香り」の項では、複雑な旨みを構成する3種の油が実際に展示されていた。来場者は展覧会序盤にしてまんまとお腹が空くことになる。

来場者が「客」として座ることで完成する展示

のれんには「丼自慢 ラーメン」の文字が。「味自慢」ではないところに、本展ならではのお茶目さが漂う。

続く展示室では、真っ赤なのれんのあるカウンターがお出迎え。ここでは、バラエティ豊かな40名のアーティストたちが考案したオリジナルラーメンどんぶりを見ることができる。ひとつひとつに本人からのコメントが添えられており、誰もがラーメンどんぶりを日常的な「自分ごと」として考え、経験と照らし合わせたり、希望を託したりしながらデザインを考えたことが伺える。気になる作品を見つけたら、ぜひラーメン屋でお馴染みの赤いスツールに腰掛け、どんぶりとじっと対話してみてほしい。この展示空間はそうやって来場たちが「客」として座ることで風景が完成するようデザインされているという。

それでは色とりどり、もはや大喜利かのような魅惑のアーティストラーメンどんぶりたちを、いくつかピックアップしてみよう。

田名網敬一 どんぶり

パッと見てすぐに誰のデザインか分かる、アーティスト / グラフィックデザイナーの田名網敬一によるどんぶりがコチラ。世界の田名網節が炸裂しており、グロテスクなクモの姿が大きく描かれている。美味しく食べさせる気があるのだろうか? と不安になりつつコメントを読んだら、学生時代に食べているラーメンにクモが落ちてきたのがトラウマで、それ以来ラーメンを美味しくいただけない……という嘆きと恨みが込められた作品なのだそうだ。至極納得。この制作を通じて作家にかけられた呪いが解けたことを願う。

片桐仁 どんぶり

その名にちなんでか、元ラーメンズの片桐仁の作品もある。店主のオヤジさんの指がスープに入っている様を騙し絵風に描いた、ふっと笑ってしまうようなどんぶりだ。完食後に現れる片桐の口の中に、中華料理屋でよく見かける「双喜」のマークがあしらわれているのがおめでたい。

佐藤卓 どんぶり

インパクトの強いものが続いたが、アーティストラーメンどんぶりは変わり種ばかりというわけでもない。例えば本展ディレクターであるグラフィックデザイナー佐藤卓の作品は、こんなにも直球勝負だ。近年激減しているという、昔懐かしい「これぞ」なグラフィックを意識し、雷紋に龍・鳳凰を配している。つくづく、スタンダードなラーメンどんぶりのデザインってラーメンをよく引き立てているのだな、と実感させてくれる一作である。

束芋 どんぶり

個人的に最もグッと来たのは、アーティスト束芋によるラーメンどんぶりだ。ラーメンのスープの底に見え隠れする男女。レンゲに、寄り添う裸足の爪先が描かれているのも鮮烈だ。異論はあるかと思うが、親密になった男女が朝方に食べるものといえば、それはラーメンだろう。若さと後悔と汗の匂いが溶け込んだようなデザインに、つい心を掻き乱されてしまった。束芋のコメントには「入れられるラーメンによって、この二人に様々な男女関係を見ることが出来れば面白い」とあったが、塩なのか、それともコッテリ豚骨なのか……あなたならどんな風味に彼らを溺れさせるだろうか。

新しいラーメン屋台の提案

展示室にはアーティストラーメンどんぶりのほか、建築会社らがデザインしたオルタナティブなラーメン屋台が展示されている。これまでにないあり方の屋台とは一体どんなものか、注目してみよう。

竹中工務店Nomad Roof(ノマドルーフ)(内部)

写真は竹中工務店による屋台「Nomad Roof」の客席に座って内部を撮影したもの。折りたたんでどこへでも簡単に移動・展開できるという点もすごいが、建材にラーメン関連の素材を使用するこだわりもすごい。例えば、手前にあるどんぶりを載せるタイルは廃棄された乾燥麺を粉砕・圧縮して加工したものだという。

美濃と土と、広がる宇宙

「MINO COSMOS」

展示室を移動すると、ここから先は後半戦だ。本展は『ラーメンどんぶり展』だが、ラーメンどんぶりのほかに、もうひとつの明確なテーマがある。それは「美濃のやきもの」である。

そもそもは、美濃焼の多様さゆえの個性の曖昧さに悩む関係者たちが、ブランディングの相談を佐藤氏に持ちかけたのがこの企画の始まりだったそうだ。美濃焼に向き合う中で、佐藤氏がピンと来たのが「日本のラーメンどんぶりの9割は美濃で作られている」という衝撃の事実だった。そこから、誰にとっても身近な器であるラーメンどんぶりを入口にして、美濃のやきものの世界を紹介する企画が考案されたのだ。確かに『美濃のやきもの展』と『ラーメンどんぶり展』とでは、インパクトの差はものすごく大きい。ちなみに、先ほど見たアーティストラーメンどんぶりも勿論、美濃の企業によって実現したものである。

やきものに使う土が採れる鉱山。9割のラーメンどんぶりたちの、いわば故郷だ。

以降のエリアは、ついでの産地紹介などでは決してなく、本気で思考を促してくる展示で、非常に興味深い。おすすめは、まずモニターの短い映像を見てスケール感を掴むことだ。太古の昔は湖だった美濃エリアで、どれだけの年月をかけて豊かな土や粘土が形成されていったかを知ることができる。

「MINO COSMOS」(部分)

「MINO COSMOS」は展示室ほぼ全体を使ったインスタレーションだ。その中央には、やきものの原料となる土と石を集めたサークルが鎮座する。そして、この素材の小宇宙から放射状に「クラフト」「マスプロダクト」「アート」「タイル」「工業用セラミックス」の展示台が広がり、ジャンルごとに実際の作例が展示されている。食器も洗面台も壁のタイルも、考えてみれば美濃のやきものはそこにあることを忘れてしまうくらい、私たちの生活に深く根ざしている。土の変幻自在ぶりと、自分の陶器への無自覚ぶりに改めて驚かされる。

「MINO COSMOS」(部分)

壁面には、やきもの作りの様子を捉えた写真の展示が。やきもの作りの写真というと大体がろくろを回している手元だが(偏見?)、ここではなかなかピックアップされないような瞬間が切り取られていて面白い。例えば、外側にだけ釉薬をかけるために、大きな吸盤を使ってどんぶりを浸しているところ、あるいはマグカップ工場で、完成品を空中に張り巡らされたゴンドラで運んでいるところ、といった具合だ。全てに意味のあるたくさんの瞬間を経て、やきものは私たちの手元にあるのである。

「美濃焼曼荼羅」

そしてそんな「MINO COSMOS」と呼応するように、向かいの壁には「美濃焼曼荼羅」と題された大型の作品が。土から生まれた美濃焼の小宇宙をイラストで総覧する曼荼羅だ。この展示室の内容を2次元に落とし込んだもの、と言えるかもしれない。

風雅! 職人による伝統技法で作られたどんぶりたち

「伝統技法ラーメンどんぶり」

また別のエリアには、美濃焼の伝統的技法を使って制作された特別なラーメンどんぶりたちが並んでいる。通常は茶陶(茶の湯で使う陶器)を作っている陶芸作家たちが特別に制作したものだという。同じラーメンどんぶりというお題のもとで見比べると、それぞれの技法の個性が非常に分かりやすい。歴史や製法についても併せて解説されており、ゆっくり見ていけば多くの学びを得られるはずだ。

左:「瀬戸黒 どんぶり」(作 / 加藤亮太郎)、右:「織部 どんぶり」(作 / 阪口浩史)

伝統技法ラーメンどんぶりはどれも存在感のある美しい器だったが、個人的に「コレで食べてみたい!」と感じたのは上の写真の2点。右側、織部のとろりとしたグリーンはゆらめく海藻を思わせるから、ぜひ魚介系で。左側、どこまでも黒い瀬戸黒は、抹茶の色を引き立てると千利休に愛されたやきものだそう。辛くて赤いラーメンも似合うかもしれない。

やきものの未来を考える

「『土のデザイン』の未来」

最後の展示空間では、美濃におけるやきものの未来を考えた取り組みが紹介される。ここに来て初めて気がついたが、縄文時代の土器が出土しているということは、つまり土から生まれたやきもの(一度焼いてしまったもの)は、二度と土には戻れないということなのである。考えてみれば分かりそうなことだが、なぜ今まで気が付かなかったのだろう。だとすれば原材料の土は減るばかりだし、地球は陶器のかけらで溢れかえってしまうのではないか?

やきものの中心地である美濃では、この問題への取り組みとして、不要になった陶器を細かく粉砕して原料化するリサイクルプロジェクトを行っているという。ここでは陶器が砕かれて砂状になり、セルベンと呼ばれる原料になっていく様子を視覚的に理解することができる。

新たに生まれ変わった陶器たちは、モランディの静物画のようでもある。

こうしてラーメンを起点に、美濃のやきもののことを知り、土のことを想い、気がつけば地球の未来のことを考えていた。『ラーメンどんぶり展』、恐るべしである。

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