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グレッグ・アラキ監督インタビュー クィア映画の巨匠がユースたちに伝えたいこと

2025.4.24

#MOVIE

30年前からすでにクィアの若者たちのリアルを見つめ、圧倒的にポップなセンスでそれらを生き生きと映し出していた映画監督、グレッグ・アラキ。彼の作品群のような映画は、もしかすると現代でもほとんど見当たらないものかもしれない。それは、彼の映画には「オルタナティブ」がもっとも勢いのあった時代のヒリヒリとした空気感が、そこにはっきりと刻まれているからだ。

そんな、1980年代末から1990年代にかけて、アメリカンインディペンデントから華々しく現れたグレッグ・アラキの映画が近年再発見されている。HIV陽性の若者たちを描き、新しいクィア映画のムーブメントとされた「ニュー・クィア・シネマ」の先駆的な作品と言われる『リビング・エンド』(1992年)。そして、刹那的な若者たちの姿をときに過激な描写も交えて活写した『トータリー・ファックト・アップ』(1993年)、『ドゥーム・ジェネレーション』(1995年)、『ノーウェア』(1997年)からなる「ティーン・アポカリプス・トリロジー」は、2024年に再上映されると熱狂的に迎えられた(日本でも『ドゥーム・ジェネレーション』と『ノーウェア』が上映された)。

そして、今回新たに日本で劇場初公開されるのは、スコット・ハイムの同名小説を原作とする『ミステリアス・スキン』(2004年)。性的虐待を受けた少年ふたりのトラウマを描くシリアスな作品であると同時に、アラキ監督のユニークなセンスが注入された一本でもある。若き日のジョセフ・ゴードン=レヴィットとブラディ・コーベットが演じる少年たちの「痛み」が、そこにはたしかに息づいている。

若者たちの行き場のないエモーションをみずみずしく描きだしてきたグレッグ・アラキは、現代の若者たちをどんな風に眼差し、彼らに何を感じているのだろうか。1990年代、「ニュー・クィア・シネマ」、オルタナティブであることの意味、そして、チャーリーXCXが出演していることも話題の新作『I WANT YOUR SEX』にこめたメッセージについて。オルタナティブとクィアカルチャーのレジェンドに話を聞いた。

グレッグ・アラキ(Gregg Araki)
ロサンゼルス生まれ、サンタバーバラで育った日系三世。自身もゲイであることをオープンにしており、ティーンエイジャーや同性愛をテーマとした作品を多く制作。1990年代「ニュー・クィア・シネマ」を牽引した監督のうちの1人。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で映画を専攻したのち、南カリフォルニア大学映画芸術学部映画・テレビ制作学科で芸術修士号取得。これまでサンダンス映画祭をはじめ、カンヌ、ベルリン、ヴェネツィア、トロント等での名だたる映画祭で作品が上映され、『途方に暮れる3人の夜』(1987)でロカルノ映画祭で3つの賞を受賞、『カブーン!』(2010)では同年のカンヌ国際映画祭にてクィア・パルム受賞。近年では、TVシリーズ『ナウ・アポカリプス 〜夢か現実か!? ユリシーズと世界の終わり』(2019)にて監督・脚本・製作を務めるほか、『13の理由』(2017-18)『ダーマー』(2022)などのNetflixドラマシリーズの数エピソードを監督。

「どんな時代でも、ユースたちには共通する感情がある」

―「ティーン・アポカリプス・トリロジー」が再上映されて、アメリカではミレニアル世代やZ世代がアラキ監督の映画を再発見していると聞きます。実際、若い世代が監督の作品を見つけている実感はありますか?

グレッグ・アラキ:クライテリオン(アメリカのビデオソフトレーベル)が「ティーンエイジ・アポカリプス・トリロジー」のボックスセットを2024年末にリリースして、その際にたくさんの上映イベントを行ったのですが、観客の多くがとても若かったんです。もちろん昔からのファンも観に来てくれましたが、全体の7、8割くらいは若い世代のひとたちでした。

自分の映画が新しい観客に発見されていく光景を目の当たりにするのは、本当に素晴らしい体験でした。とてもワクワクしましたね。

―彼らのリアクションはいかがでしたか。

アラキ:印象的な反応がたくさんありました。観客のみなさんはとても興奮していて、情熱的でしたし、僕自身にとっても新しいファンの方々と直接会えるのは本当に特別な体験でした。

僕の映画は、いまの若い世代にも響いていると感じています。というのも、2024年や2025年の現在に作られている映画の多くはあの三部作のように、観客との間に感情的なつながりを持っていないように思うんです。現在では、「ティーンエイジ・アポカリプス・トリロジー」のような作品は、もうほとんど作られていないんですよね。

だからこそ、たとえあの映画たちがほぼ30年前の作品であっても、観客は強く反応してくれているのだと思います。

『ドゥーム・ジェネレーション デジタルリマスター版』©1995 UGC and the teen angst movie company

―30年前と現在とで、若者のライフスタイルや考え方に違いを感じることはありますか。

アラキ:2019年に、20代の若者を描いたテレビシリーズ『ナウ・アポカリプス』(※)を手がけたのですが、そのときに強く感じたのは、1990年代にはなかったけれど、いまの時代では当たり前になっているもの——テクノロジーやソーシャルメディアの存在です。

※『ナウ・アポカリプス』=マリファナとセックスの快楽に溺れる若者たちを追った、クセの強いコメディシリーズ。奔放なナイトライフを謳歌するうちに、夢と現実の狭間の世界に引き込まれてゆく。日本未公開

アラキ:現代を舞台に何かを描こうとすると、必ずと言っていいほど、テキストメッセージやスマートフォン、コンピューターなどが出てきますよね。それくらい、テクノロジーは現代文化に深く根づいているんです。

たとえば、僕の映画『ドゥーム・ジェネレーション』や『ノーウェア』では、登場する若者たちは携帯電話を持っていませんし、いまのようなかたちでコミュニケーションを取っていない。あの時代のカルチャーは、いまほどスピード感がなく、情報が絶えず押し寄せてくることもありませんでした。

もちろん、そうした文化的な違いはありますが、それでも僕は、若者の抱える生の感情や置かれた状況、人生のあり方には、どの時代にも共通する普遍的な部分がたくさんあると思っています。

『ドゥーム・ジェネレーション デジタルリマスター版』©1995 UGC and the teen angst movie company

―アラキ監督は1990年代からクィアの若者たちを多く描いていました。いまでこそ、映画やテレビシリーズでクィアのキャラクターが描かれるのは珍しくなくなりましたが、監督は当時どのような想いで彼らを描いてきたのでしょうか。そこにはメインストリームに対するカウンター的な意味もあったのでしょうか。それとも、あくまで自然なことだったのでしょうか。

アラキ:クィアの若者を描くことは、僕にとってとても自然なことでした。映画というのは非常にパーソナルなものですし、僕自身がクィアの人間である以上、それは感性のごく自然な一部なんです。

でも、1990年代に映画作りを始めた頃は、いまとはまったく違う状況でした。当時はまだ『ウィル&グレイス』も始まっていなかったし、エレン・デジェネレスもカミングアウトしていなかった時代でしたから。だから、たとえば映画のなかで男性同士がキスをするだけでも、それは本当にショッキングで、物議を醸すことでした。

いまでは、たとえばNetflix『ハートストッパー』のような作品があって、テレビでもたくさんクィア表現が見られますよね。文化はこの間に本当に大きく変わったと思います。でも、1990年代はまったく別の世界だったんです。

―クィアの話でいうと、「ニュー・クィア・シネマ」については何千回と聞かれていると思いますが……

アラキ:(笑)。でも、1990年代前半のいくつかの作品ですけどね。

―はい。ただ、ご自身の作品が「ニュー・クィア・シネマ」という枠組に入れられることをどう感じていますか。

アラキ:そうですね、若い頃、大学で映画史や映画批評を学んでいたので、自分の作品がそうした歴史的な映画運動の一部として見なされることは、非常に光栄で、大きな賛辞だと感じています。

「ニュー・クィア・シネマ」というのは、1990年代初頭という特定の時代に起こった動きでした。エイズ危機やアクトアップ(ACT UP)(※)の活動が盛んだった社会状況のなかで、若いクィアのアーティストたちが自分たちの声を届ける必要性を感じていた。そしてその表現は、ときに挑発的であり、政治的でもありました。

その時代の一部でいられたことは、僕にとって間違いなく非常にクリエイティブで刺激的な経験だったんです。

※アクトアップ(ACT UP)=エイズ支援団体の名称。政府の無策に抗議し、エイズ研究を促す活動を行った。

『ノーウェア デジタルリマスター版』©1997. all rights reserved. kill.

「『ミステリアス・スキン』は魔法のような作品」

―では今回上映される『ミステリアス・スキン』についてもお聞きしたいのですが、「ティーン・アポカリプス・トリロジー」の時代を経て、この作品で達成できたことは何だと感じていますか。

アラキ:『ミステリアス・スキン』は、僕にとって本当に特別で、大切な映画です。心から愛着があって、自分のなかでも非常に近しい存在ですね。この作品の制作は、とても実りある体験になりました。

僕は自分の映画をどれも愛しています。それぞれがわが子のようなもので、みんな等しく大切に思っているんです。ただ『ミステリアス・スキン』に関しては、作品自体がとても強烈なものなので、それを観たひとたちの反応も非常に強く、感情的で、とても深いものでした。

アメリカで公開されたときも、他の国でも、観客の反応が本当に熱くて、心に迫るものがありました。それだけ、あの作品には特別な力があったんだと思います。

カンザス州の田舎町ハッチンソン。1981年の夏、リトルリーグのチームメイトである8歳の少年ブライアン(ブラディ・コーベット)とニール(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、常習的に幼い子供への性加害を行なっていた一人の<コーチ>によって大きく人生を狂わされる。精神的なショックから自分の身に起きたことを忘れてしまったブライアンは、やがて宇宙人に誘拐されたために記憶を失ったのだと思い込むように。一方、<コーチ>と8歳の自分の間にあったものは「愛」だと信じるニールは、彼の影を追い求めて年上の男たちを相手に体を売りながら生きていく道を選んだ。「空白の記憶」から10年、ブライアンが真実を取り戻そうとするうち、手がかりとして浮かび上がってきたのは繰り返し夢に現れる一人の少年。そして、その少年がニールであることをついに突き止めたブライアンだったが……。

―若き日のジョセフ・ゴードン=レヴィットとブラディ・コーベットが見られる作品でもありますね。

アラキ:『ミステリアス・スキン』のニールとブライアンという役は、演じるのが非常に難しい役でした。だから、キャスティングには本当に長い時間をかけて、ぴったりの俳優を探していたんです。

そして最終的に、ジョー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)とブレイディ(ブラディ・コーベット)に出会うことができて、本当に幸運でした。出演者全員が素晴らしかったですが、とくにこのふたりは物語全体を背負う役割でしたから。

(左から)ニール(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)、ブライアン(ブラディ・コーベット)

アラキ:ずっと「このひとだ」という俳優に出会えずに悩んでいたのをよく覚えています。それがようやく、まずジョーが決まり、そのあとにブレイディがキャスティングされたんです。

あの映画は、ある意味で魔法のような作品でした。すべてが自然に、うまく噛み合っていったというか……。キャスト全員が完璧にフィットしていて、まるで奇跡のようでした。彼らといっしょに仕事ができたことは、本当に素晴らしい経験になりました。

『ミステリアス・スキン』場面写真

アラキ監督が考える「オルタナティブ」の意味

―これは『ミステリアス・スキン』に限らないことですが、監督の映画ではいわゆるオルタナティブミュージックが非常に重要な役割を果たしています。監督にとって、そのような音楽はどのような意味を持っているのでしょうか。

アラキ:ええ、オルタナティブミュージックは、おそらく僕にとって最も大きな影響源であり、インスピレーションでもあります。

僕が大学生だった頃、ちょうどパンクやニューウェイヴ、そしてオルタナティブミュージックが生まれ始めた、1970年代後半から1980年代初頭の時期だったんですね。だから、その頃の音楽や感覚は、私の映画すべての「魂」みたいな存在なんです。

だから、音楽というのはいつも、私にとって映画作りの出発点のような、非常に重要な要素になっているんです。

本作『ミステリアス・スキン』では、アンビエントミュージック界の巨匠ハロルド・バッドとCocteau Twinsのロビン・ガスリーがオリジナル劇伴を手掛け、Sigur RósやSlowdive、Curve、Rideなどの楽曲が劇中で使用されている。
https://open.spotify.com/playlist/49nkObx6KFxUmbcZIXxMKw

―私自身10代のときにアラキ監督の作品を観て、オルタナティブであることのカッコよさを感じていました。ただ、現代でも「オルタナティブ」という価値観が影響力を持っているか悩むこともあります。ある意味、1990年代的な言葉だったとも捉えられますし。アラキ監督は、いまでもオルタナティブであることに価値を感じていますか。

アラキ:僕の映画はいつも、アウトサイダーや主流の外側にいる存在を描いています。オルタナティブミュージックも、クィアカルチャーも、そもそもはそうした主流からはみ出した場所から生まれてきたものだと思うんです。

世のなかの普通や主流とされるものよりも、僕はむしろ、はみ出し者や変わり者たちの世界のほうが、ずっと興味深く感じるんです。みんなが同じようで、当たり障りのない世界よりも、ね。

僕は昔からずっと、ちょっと芸術的で、創造的で、いわゆる「黒い羊」みたいな存在でした。だから、そういう立ち位置で作品を作るのは、自分にとってごく自然なことなんです。

『ミステリアス・スキン』場面写真

「次回作『I WANT YOUR SEX』は特にユースたちに向けたもの」

―アラキ監督が映画を通じていまの若者に伝えたいことはありますか。

アラキ:僕の映画はひとつのテーマに絞れるものではないんですが、映画全体に共通する感覚というのは、アウトサイダーであること、自分のペースで歩んでいくこと、他人の期待に縛られず、自分自身の自由な精神を追い求めることなどです。

いま作っている『I WANT YOUR SEX』という映画は、とくにZ世代に向けたもので、彼らに向けて言いたいことがあるんです。それは、堅くなりすぎずに、もっと自由に、もっと冒険して、もっとセックスして、もっと楽しむべきだということ。

じつはこれ、ある記事を読んでインスパイアされたことなんです。そこには、最近の若者はセックスもしないし恋愛もしない、って書いてあったんですね(※)。僕にとって、成長して大人になる過程には、そうした冒険がとても大切だと思うんです。だからこそ、そういう人生の大切な部分を伝えたいと思っています。

※海外メディアでは、Z世代のセックスの機会の減少を論じている記事がいくつもある。参考:Why young people are having less sex|Los Angeles Times

―なるほど、よくわかりました。ちなみに、出演しているチャーリーXCXはいかがでしたか?

アラキ:チャーリーは最高。クールでファニー。彼女は脇役ではあるけれど、みんな「チャーリーがすごい!」って興奮してました。彼女の役はすごく面白いキャラクターですよ。

『ミステリアス・スキン』

4月25日(金)より東京・渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

監督・脚本:グレッグ・アラキ
原作:スコット・ハイム『謎めいた肌』(ハーパー・コリンズジャパン刊)
出演:ブラディ・コーベット、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ミシェル・トラクテンバーグ、ジェフリー・リコン、ビル・セイジ、メアリー・リン・ライスカブ、エリザベス・シュー
音楽:ハロルド・バッド、ロビン・ガスリー
音楽監修:ハワード・パー
2004|アメリカ|英語|105分|アメリカンビスタ|5.1ch|原題:Mysterious Skin|R15+
配給・宣伝:SUNDAE
©️MMIV Mysterious Films, LLC

公式サイト:https://sundae-films.com/mysterious-skin/

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