ディズニー映画『ライオン・キング:ムファサ』が12月20日(金)から公開されている。
『ムーンライト』(2016年)でアカデミー賞作品賞を受賞したバリー・ジェンキンスが監督をつとめたこの映画は、1994年に長編アニメーション映画として世に放たれ、2019年にフルCGの超実写版としてリメイクされた『ライオン・キング』の前日譚にあたる。
ムファサとスカーの過去の物語である本作は、冒険活劇であると共に、人種、アイデンティティ、男らしさといった観点から解釈可能でもある。この映画の意義について、バリー・ジェンキンス監督の過去作などを参照しながら解説した。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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ディズニー映画名作の前日譚『ライオン・キング:ムファサ』
アフリカの大地に生きる動物たちを描いた、ディズニーの長編アニメーション映画『ライオン・キング』。1994年に公開されると各方面で高い評価を得て、数々の映画賞や音楽賞を受賞した。2019年には、フルCGでリメイクされた「超実写版」が、ディズニー映画として歴代トップの興行収入を記録。それから5年、『ライオン・キング』の30周年となる節目の年に、その前日譚として世に放たれたのが、『ライオン・キング:ムファサ』だ。
監督には、バリー・ジェンキンスが抜擢された。『ムーンライト』(2016年)でアカデミー作品賞を受賞し、ブラックシネマの新時代を切り開いたジェンキンスにとって、これがディズニー映画初監督作となる。また、現代ミュージカル界を牽引する存在であり、『モアナと伝説の海』(2016年)などでも知られるリン=マニュエル・ミランダが音楽を手がけた。
本作は、『ライオン・キング』に登場したムファサと、ムファサの命を奪ったスカーの若き日の物語だ。両親と離れ離れになり、1人でさまよう幼少のムファサを救ったのは、王の血を引くタカ(後のスカー)だった。ムファサとタカは血のつながりをこえた兄弟となり、ムファサは群れに迎え入れられる。
あるとき、群れが白いライオンのキロスたちに襲われ、ムファサとタカはアフリカ横断の旅に出る。追っ手から逃げながら約束の地を目指すなか、その絆は徐々に揺らいでいく。そして、王家の血筋ではないムファサが王になった過程、タカがスカーになった理由が明らかになる。
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『ライオン・キング:ムファサ』とバリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』の共通点
A24などでマイノリティの孤独を美しい映像で表現してきたバリー・ジェンキンス監督の作風と、ディズニー映画とは、一見相入れないように思える。しかし、『ライオン・キング:ムファサ』でも、彼ならではの表現が健在であるのに加え、これまでの作品のテーマと通じるところがあり、その作家性は存分に発揮されている。
2019年のリメイク版と同様、今作でも実写と見分けのつかないデジタル映像が用いられるが、よりリアリティを追求するためか、ロングテイクが多めになっており、動物たちがじっくりと映し出されている。また、真上からの俯瞰ショットも際立つ。そうかと思えば、決定的なところでは、極端なクロースアップで表情の微細な変化を捉えており、とりわけ終盤、スカーの孤独を感じ取れるアップにはハッとさせられる。

この映画では、ムファサとタカのアイデンティティや状況が大きく変わる際に、水が関係しているのも特徴だ。ムファサが両親と離れ離れになり溺れている冒頭、キロスたちから逃げる際の川への飛び込み、ムファサの危機とタカが選択を迫られる終盤ーーそれぞれでムファサは水の中に深く沈み、引き上げられる。これには、『ムーンライト』を思い起こさずにはいられない。同作では、主人公の心情が決定的に変化する場面で、キリスト教の洗礼、生まれ変わりをイメージさせるかのように水を用いていた。
水の美しい色彩感を含め、そうした映像表現には、監督の過去作とのつながりが感じ取れる。それは、ジェンキンスの長編全てを担ってきたジェームズ・ラクストンが、撮影監督に起用されたことも大きいだろう。
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『ライオン・キング』に見るアフリカンディアスポラ
ところで、バリー・ジェンキンスは、本作の監督就任が決まった際のインタビューなどで、「アフリカンディアスポラ」という言葉を用いていた。これは、奴隷貿易などによってアフリカ大陸から離散した人々やその子孫を指し示す言葉だ。
動物ではあるものの、アフリカを舞台とした『ライオン・キング』に黒人の歴史を読み込むのは、不自然なことではない。1997年初演のブロードウェイ版では、有色人種の俳優を積極的に起用し、作品のアフリカ性を強調する配役、演出がなされた。少なくとも配役に関しては、2019年のリメイク版や今作においても、その流れに沿っていると言えるだろう。
また、リメイク版および今作でナラを演じたビヨンセは、『ライオン・キング』にインスパイアされたアルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』(2019年)を発表。同作は、アフリカンディアスポラの観点から伝統を賞賛し、団結を呼びかける内容だった。ビヨンセが監督 / 脚本 / 製作し、Disney+(ディズニープラス)で配信された『ブラック・イズ・キング』(2020年)では、『ライオン・キング』の物語を抽出した上で、アフリカを、離散した黒人たちにとっての約束の地としていた。
ビヨンセの一連の作品は、かなり積極的に踏み込んだ表現ではあるものの、本作においてアフリカンディアスポラを考慮することも、無理な解釈ではないだろう。

『ライオン・キング:ムファサ』では、マッツ・ミケルセン演じるキロスから逃げるために、約束の地を目指している。執拗に追いかける白いライオン・キロスを白人社会の象徴とし、ムファサたちに黒人の苦難の歴史を読み込むこともできるだろう。また、ムファサを演じているのが、アーロン・ピエールである点もポイントだ。アーロンは、バリー・ジェンキンスが監督したドラマシリーズ『地下鉄道~自由への旅路~』のシーザー役で注目された俳優だった。『地下鉄道』では、奴隷のコーラがシーザーと一緒に自由を求め、地下の列車に乗ってアメリカ南部からの脱出を試みる。約束の地を求めて逃げるムファサを見て、この作品を連想するのは不自然ではないはずだ。