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『ライオン・キング』に見るアフリカンディアスポラ
ところで、バリー・ジェンキンスは、本作の監督就任が決まった際のインタビューなどで、「アフリカンディアスポラ」という言葉を用いていた。これは、奴隷貿易などによってアフリカ大陸から離散した人々やその子孫を指し示す言葉だ。
動物ではあるものの、アフリカを舞台とした『ライオン・キング』に黒人の歴史を読み込むのは、不自然なことではない。1997年初演のブロードウェイ版では、有色人種の俳優を積極的に起用し、作品のアフリカ性を強調する配役、演出がなされた。少なくとも配役に関しては、2019年のリメイク版や今作においても、その流れに沿っていると言えるだろう。
また、リメイク版および今作でナラを演じたビヨンセは、『ライオン・キング』にインスパイアされたアルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』(2019年)を発表。同作は、アフリカンディアスポラの観点から伝統を賞賛し、団結を呼びかける内容だった。ビヨンセが監督 / 脚本 / 製作し、Disney+(ディズニープラス)で配信された『ブラック・イズ・キング』(2020年)では、『ライオン・キング』の物語を抽出した上で、アフリカを、離散した黒人たちにとっての約束の地としていた。
ビヨンセの一連の作品は、かなり積極的に踏み込んだ表現ではあるものの、本作においてアフリカンディアスポラを考慮することも、無理な解釈ではないだろう。

『ライオン・キング:ムファサ』では、マッツ・ミケルセン演じるキロスから逃げるために、約束の地を目指している。執拗に追いかける白いライオン・キロスを白人社会の象徴とし、ムファサたちに黒人の苦難の歴史を読み込むこともできるだろう。また、ムファサを演じているのが、アーロン・ピエールである点もポイントだ。アーロンは、バリー・ジェンキンスが監督したドラマシリーズ『地下鉄道~自由への旅路~』のシーザー役で注目された俳優だった。『地下鉄道』では、奴隷のコーラがシーザーと一緒に自由を求め、地下の列車に乗ってアメリカ南部からの脱出を試みる。約束の地を求めて逃げるムファサを見て、この作品を連想するのは不自然ではないはずだ。