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この世界が地獄であることを理解する、それが希望になる。
─現在公開中『Chime』(2024年)も、料理教室で講師を務める一般的な主人公・松岡(吉岡睦雄)の日常に異変が訪れる様が描かれています。普通の家庭のように見えるけれども、騒音レベルで一心不乱に空き缶を捨てる妻(田畑智子)の姿などから、誰しも取り憑かれている可能性はあるのではないかと考えさせられました。
黒沢:『Chime』はもちろん全然違う映画です。映画作りは毎回、俳優も物語も異なるので、全く新しいものを作っているつもりです。ただ1人の人間にできることはそんなに多くはなくて、他の要素はすべて新しいにもかかわらず、僕が監督するとなんか前と似たことをやってしまい、それを僕の個性だと言ってくれる人も多いわけです。僕は自分の個性を出すために映画を作っているわけではないので、本当は個性に気づかれないほうがうれしいんです。

黒沢:ただ、たしかに2つとも同様に現代の状況を反映しているかもしれません。思うのは、現代で人間を描こうとすると、どこかその人々のタガが外れてくるんです。そして、これは僕の矛盾しているところではあるのですが、『Cloud クラウド』も『Chime』も人々がなにかに取り憑かれて取り返しのつかないことになるのですが、そんな状況だとしても彼らを「救いたい」という気持ちがどこかにあります。
黒沢:現実的には吉井が救われることはないかもしれません。しかし、僕としてはなんとかして彼に希望を見出したいという気持ちで終わらせました。ラスト、彼が警察に捕まったシーンを描けば、社会としては気持ちよく終わるのかもしれませんが、それはやりたくありませんでした。窮地に立たされた主人公がどう生きていくのか、希望を持たせて終わらないと今生きている人たちも救われないのではないかと思います。
─私は、吉井は生きることを選ぶんだなと意外に思いました。
黒沢:そうですね。ここで解釈を説明するのも野暮かもしれませんが、最後のセリフはこの世が地獄のようなものであることが吉井にようやくわかった瞬間でした。地獄の中を突き進むのか、なんとか回避するのか、彼の選択はわかりませんが、地獄であることがわかっただけでもそれは希望につながるのではないか、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、それが僕の本音です。

『Cloud クラウド』

2024年09月27日(金)より公開中
上映時間:123分
製作:2024年(日本)
配給:東京テアトル 日活
監督・脚本:黒沢清
出演:
菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝
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