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普通の人ほど予感している、社会が破滅する足音
─慎重で冷静であった吉井でさえ、何かに取り憑かれるように人が変わっていきます。復讐に燃える集団をはじめ、全員が何かに取り憑かれている様子は怖さもありましたが、滑稽でもあると感じました。黒沢監督はどのような意識で撮られていたのでしょうか?
黒沢:基本的に、登場している全員が普通の人間だと思っています。しかし、これは現代の特徴だと思うのですが、なんでもない人たちこそ、この先いいことがなさそうな感じがしませんか。先が見えないというか、将来に対して漠然とした不安がある。そうした欲求不満に対して当たり散らしたいけれど対象物がはっきりしない。世界では既に戦争が始まってしまっているわけで、この先に破滅が待っているような嫌な予感が、ほんの少しですが普通の人々のあいだで確実に育ってきている気がしてなりません。

─知らない人同士がインターネット上で出会い、短絡的な発想でゲームのように人を殺してしまう実事件が、本作のアイデアのヒントとなったと伺いました。まさに、漠然とした不安から起こった事件かもしれません。
黒沢:特異な事件ではなく、現代では簡単に起こり得ることなのだと思います。面白半分で集まった、顔も知らない者同士が、インターネットを通じて殺意をエスカレートさせていく。繰り返しますが、インターネットそのものが悪いわけではなく、小さな不安が普通の人の心の中にも溜まってきていて、インターネットによって集結し肥大させてしまうことが問題だと思います。
─吉井は職業を問われて臆面もなく「転売屋」と答え、佐野も吉井を助ける理由は「助手だから」と言うだけです。「口に出すこと」が何かに取り憑かれるスイッチになるようにも受け取れましたが、いかがでしょうか?
黒沢:あまり意識していたわけではないんですけれど……そういう部分はあるかもしれないですね。世間からは良い風に思われていない転売屋であることを自覚しつつも、ある種堂々としている。自分の立場や思いをはっきりさせることでスイッチが入るのかもしれませんが、それは破滅への道でもあります。


─黒沢監督は、言葉にして立場をはっきりさせたいタイプですか?
黒沢:僕は、自分の立場をあまりはっきりさせたくないという思いがあります。ただ、どこかではっきりさせなければならない状況に立たされるので、そういうときは割り切って、自分とはこういうものだと思うようにする。それを続けることで次第に慣れていって、深く考えれば違うかもしれないのに、面倒くさいので信じ込むことにしている部分はあるかもしれません。本当にそう思っているのか、考えなければいけないと思いますが、そうして自分を思い込ませることが「社会で生きていく」ということなのかもしれません。