バーチャルシンガーソングライターの廻花がファーストアルバム『うまれるまえからきみをしってる』を完成させた。廻花としての始まりの曲“かいか”の歌詞から取られたタイトルには、切り離されたくないもうひとりの自分=花譜の存在のこと、見える部分が変わろうとも同じ自分が歌っていることを覚えていてほしい、という本人の願いが込められていて、実際アルバムには以前に花譜として披露された楽曲も収録されるなど、花譜と廻花が地続きな存在であることが改めて伝わってくる。
そんな廻花のバックグラウンドも非常に重要ではあるのだが、そういった情報を抜きにしても、本作は瑞々しい感動の詰まった「素晴らしいシンガーソングライターの初作」となった。山戸結希がミュージックビデオを担当した三部作“転校生”、“ひぐらしのうた”、“スタンドバイミー”や、Base Ball Bearの小出祐介がプロデュースを担当した“東京、ぼくらは大丈夫かな”といった全15曲は、学生から大人になっていく間に感じる不安や焦燥がときにリアルに、ときにファンタジックに綴られ、様々なアレンジと多彩な歌唱によって、美しいポップソングへと昇華されている。花が開き、廻り出すその瞬間を、ぜひ目撃してほしい。
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二項対立で語られてしまうこともあった花譜と廻花。「そこに関しては前ほど気にしなくなった」
―1月に行われた配信ライブでアルバムのリリースが告知されたわけですが、まずはあの日を振り返っていただけますか?
廻花:廻花は花譜のワンマンライブの舞台で初お披露目だったこともあり、花譜の延長線上に廻花があって、その流れで応援してくれている人が多いと思うんです。だけどあの日は廻花だけの単独ライブで、みんな見てくれるんだろうかというドキドキの気持ちと、新しいことができるという高揚感がありました。
あとはトランスミッションライブということで、映像面でも、これまでどこでも見たことがないようなかっこいいビジュアルにしていただきました。渋谷の街だったり、代々木公園の並木道だったり、これまでの花譜としての活動で馴染み深かった場所をバーチャル上に作っていただいて、それもとても感慨深かったです。曲に合わせて光の粒子が飛び出したり、雨が降ってきたり等、歌に込めた情景や自分の動きも汲み取ってくださっていることが嬉しくて、安心して落ち着いて歌うことができました。


―あの日は廻花として活動1周年でしたが、この1年の活動をどう振り返りますか?
廻花:やっていることが大きく変わったわけではないけど、自分のために作ってた曲をみんなに聴いてもらえるようになったのが、すごく嬉しいんです。今回のアルバムに入ってる“マイディア”と“リメンバー”は花譜として作った曲で、初めて聴いてくれる人を意識して作った曲でした。1月の代々木でのライブでの初登場後、廻花の曲たちも「聴いてくれる人がいるかもしれない」っていう気持ちと一緒に作ることになって、曲を作る時の心持ちがここ1年で結構変わった感じがします。
―花譜と廻花を二項対立的に捉える人もいるけど、そうじゃなくて地続きなものだという話はライブでもインタビューでもしてきたわけですが、1年経って受け止められ方の変化は感じている?

廻花:そこに関しては前ほど気にしなくなって、「いい曲作ればいいや」と思うようになりました(笑)。そこは1年前とは結構変わったかも。
―徐々にそういう気持ちになっていったのかなとは思うんですけど、きっかけになったタイミングがあったりしましたか?
廻花:なんだろう……でもやっぱり徐々にですかね。自分に近い人から廻花の曲を好きだと言ってもらえることが増えて、それが嬉しかったのかな。チームの方もそうだし、花譜としてラジオでお会いした方が、「廻花の曲も好きです」と言ってくれたりすることがあって。そういう声を実際に少しずつもらうことによって、気持ち的にも変わっていったんだと思います。
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固定概念に縛られない自由な発想から生まれた、新しいクレジット
―アルバムには高校生の頃に作った曲もあれば、廻花として最近作った曲もあるので、最初から「こういうアルバムにしよう」みたいな感じではなかったと思うんですけど、結果的に自分にとってどんな意味のある作品になったと感じていますか?
廻花:おっしゃる通り、総集編みたいなアルバムかなと思います。『うまれるまえからきみをしってる』というタイトルは、“かいか”の歌詞に入ってる言葉で、新しく出てきた存在だけど、前からいた自分のことを歌ってきたし、その意味でも花譜として書いた“マイディア”と“リメンバー”がこのアルバムに入ってることが、自分にとってはすごく意味があって。
この2曲をどっちの名義で出すのかずっと悩んでいて、廻花名義で出したら、花譜だけが好きな人の良い思い出まで奪っちゃうんじゃないかと思って。でも“マイディア”はファンの人たちへの思いを書いた曲だし、“リメンバー”は花譜のオリジナル曲をずっと書いてくださってたカンザキイオリさんに対しての思いを書いた曲で、どっちも自分の気持ちから生まれたものだから、その意味では廻花の曲と同じだなと思って。これからも並行して活動を続けていくし、全く別の存在でもないし、そういう自分の意思表示として、今回アルバムに入れさせてもらいました。

新世代のバーチャルシンガーソングライター。2024年1月14日、国立代々木競技場第一体育館で開催された花譜 4th ONE-MAN LIVE『怪歌』よりデビュー。幅広いジャンルの音楽に対して、多彩なアプローチや表現が出来る「花譜」の新たな分岐点として、彼女の内側から湧き上がる自身の衝動的な気持ちを歌にして解き放つ。彼女自身の独特の感性で、日々の思考や感情、記憶を音と言葉にしていく。誰にも壊すことの出来ない、力強く美しいエネルギーが開花する。
―この2曲が入ってるのはすごく重要ですよね。でも最初は花譜として歌った曲を廻花名義の作品に収録するかどうかには迷いもあったと。
廻花:自分が一番そういうことを気にしてたというか、やっぱり花譜はチームのみんなで作り上げてるものなので、そこに自分の個人的なものを混ぜるのは違うんじゃないかと思っちゃってたんです。
たまに考えるんですけど……例えば、花譜のライブで間違ってモニターの前に自分が出て行ったら、やばいやつが乱入してきたとしか思われないよな、みたいな(笑)。そういう感覚が自分の中で少しコンプレックスだったけど、このアルバムが出ることによって、自分の中でも整理ができたというか、それって本質じゃないな、って思えるようになって。花譜と廻花は自分を通して地続きなんだって、そういう意思表示ができたかなと思います。
―この2曲は作詞作曲のクレジットが「KAIKA & KAF」になっていて、それもすごく素敵だなと思いました。
廻花:クレジットを分けて、どっちかは嘘だったんだと思われるのが嫌だなと思ったんですけど、自分としてもこういうふうに自由に定義できるようになって、今はすごく活動しやすい。この名前だったらこうとか、そういう固定概念に縛られず、自分の好きなように選べるのはすごくいいことだなと思いました。
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廻花の影響源:RADWIMPS、谷川俊太郎、最果タヒ
―廻花として単独で取材をさせてもらうのが初めてなので、曲を作り始めたそもそものきっかけを教えてください。
廻花:中3のときにギターを買ったんですよ。それで曲も作ってみたら楽しいんじゃないかと思って始めた感じですね。
―“ひぐらしのうた”について、「花譜としての活動を友達に言えないことなど、下校中に考えていたことを書いた曲」という話が以前の取材でありましたね。昔から、「普段人には言えないことを曲にする」という感覚があった?
廻花:自分はそのときの思いが抽象化されて曲になっていることが多くて、普通にぶつけたら困らせちゃうような気持ちも曲だったら言える、みたいなことはあったかもしれない。あと今思い出したんですけど、3DSの録音機能があって、声だけで自分の作った曲を録ったり、あと言葉を書くのが好きだったので、歌詞ノートみたいなのを作って、歌詞だけ書いたりはずっとしてましたね。
―歌詞も素敵ですが、本や言葉を読むのも好きでしたか?
廻花:そうですね。小説も漫画も好きだし、あとは詩とかも好きですね。谷川俊太郎さんとか、最果タヒさんとか。
―曲作りの影響源に関してはどうですか?
廻花:最初はRADWIMPSさんの曲をギターを弾きながら練習したり、コード進行を真似したりしてました。私にとって『君の名は。』がでかすぎて……映画館でRADWIMPSさんを初めて聴いて「なんだこれ!」ってなったんです。自分はそれまでテレビから流れてくる音楽しか聴いてなくて、その後ボカロにハマってHoneyWorksさんとかを聴いてたんですけど、RADWIMPSさんはそのどれとも全く違ったから、すごくびっくりしました。そこから邦ロックをいろいろ聴くようになって、Mrs. GREEN APPLEさんとかを知って、「え、こんなにいろんな人いるんだ!」みたいな感じで、またびっくりしました(笑)。
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アルバムの背景にある、学生から大人になっていく中での不安や戸惑い
―弾き語りや簡単な打ち込みで作った曲を、自分のイメージとすり合わせながらアレンジャーさんと編曲していく作業は楽しいことでもあるし、自分のイメージをどう伝えるかの難しさもあると思いますが、今回アルバムを作ってみて、どう感じましたか?
廻花:アレンジをしていただくときは、「こういう雰囲気がいい」「こういう音が鳴ってたらいい」みたいなリファレンスを送らせてもらうんですけど、それをめちゃくちゃくみ取っていただいて、自分が想像してたよりもすごくいいアレンジをしていただいた曲ばっかりで。例えば“初恋”は、自分ではシューゲイザーのイメージだったのが最終的に環境音楽に近くなったんですけど、この岡本剛さんにしていただいたアレンジが私は本当に大好きで。自分の想定してたものとは全然違うけど、自分の中になかった発想だったからこのアルバムに収録することにして本当によかったなと思いました。“白夜、揺れる命”はIsao Sudoさんにアレンジをしていただいたのですが、白夜の曲だから、「氷っぽい、冷たい音を入れてほしいです」みたいなすごい感覚的な言葉でお伝えするしかできなかったのですが、「まさしくこれです!!」という空気感になって……本当にすごいなと思いましたね。
―“東京、ぼくらは大丈夫かな”はBase Ball Bearの小出祐介さんのプロデュースですね。
廻花:小出さんがフィーチャリングで参加してる岡村靖幸さんとの曲だったり、あと南波志帆さんや花澤香菜さんに提供した曲がすごく好きで。べボベの曲でも花澤香菜さんが参加してる“恋する感覚”とか、女性が歌う小出さんの曲がめちゃくちゃ好きです。
―歌詞のテーマはやはり上京ですよね。
廻花:そうですね。以前は東北に住んでいて、月に2回とか新幹線で来るみたいな感じで、全然土地勘もなかったんですけど、東京に住み始めて、どこに何があるかとか、どういう人たちがそこにいるかがわかってきて、人混みにも慣れて、初めて来たときにどんなことを思ってたかも朧げになったときに……「大丈夫かな?」と思ったんです。
―東京に慣れてきたことに対する不安感ですか?
廻花:というより、自分が大人として扱われるようになったことについて、「大丈夫なのかな?」と思ったことがきっかけですね。1人で生活をするようになって、誰かに何かを指示されたり、怒られたりすることもなくなってきたので。

―以前“スタンドバイミー”について、「成長していく中で、小さい頃に拠り所としていたものが全部なくなっちゃうんじゃないかという不安から生まれた曲」と話してくれましたが、今回のアルバムは学生から大人になっていく中での不安や戸惑いが大きな背景になっていると言えそうですね。
廻花:そうですね。この曲は自分の中では朝のイメージなんですけど、友達と朝まで遊んで、帰りに渋谷を通ったときに、普段は人でいっぱいのスクランブル交差点に全然人がいなくて。そういうのも見れるようになったっていう喜びもあるし、いろんなことを積み重ねる中で楽しいこともあって、「ぼくらは大丈夫」とも思うけど……それがずっと続くものでもないってことは分かってて、「本当に大丈夫なのかな?」と思ってる自分もいます。だから最後は「大丈夫かな」って言って曲を終わらせることにしました。
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Base Ball Bear小出からの学び(と攻防戦)
―そういうテーマも含めて、実際に曲を作るにあたって小出さんとはどういうやり取りがありましたか?
廻花:自分は立ち会えなかったんですけど、小出さんが声をかけてくださった豪華すぎるメンバー(※)に録音していただいて。たぶん同じ空間で録ったんだと思うんですが、衝動が音になっているみたいで、すごくそれに感動しました。あとこの曲は自分もバッキングギターを弾かせてもらったんですけど、どんなレコーディングよりも時間がかかったんじゃないかなって(笑)。
※中尾憲太郎、キダ モティフォ(toricot)、高橋武(フレデリック)
―小出さんから「ギターを弾いたら?」みたいな提案があったわけですか?
廻花:はい、そう言ってくださって、ギターをお借りして。私はコードって、「指がこういう形をしたらこういう音」みたいに覚えてきたんですけど、小出さんはギターマンだから、どこを押さえたらどういう音っていうのを指板の中で自由自在に選べる。それを目の当たりにして心から良いなーー!!! って思いました(笑)。あと歌い方に関して、花譜ではずっとエンジニアさんと2人で、自分の納得いくまでやるみたいなレコーディングの仕方が多いんですけど、今回小出さんに自分が一生懸命歌ったテイクを聴いてもらったら、「一回30%くらいで歌ってみてほしい」と言われて。
―力を抜いて歌ってみてほしいと。
廻花:花譜は担当が歌唱だけだし、そこに価値を見出してくれてる人が歌を聴いてくれたり歌を頼んでくれるので、歌に自分の思いをしっかりのせられるよう全出力してきたんです。でも小出さんに「感情全開の歌い方を聴いて、疲れる人もいる」みたいなことを言われて確かになと思ったし、ある程度確立されてきた自分の歌い方を改めて見つめ直す機会になりました。例えば<洗濯物ゆれた 屋上見惚れてたら どっからか夕飯の匂いだ>っていう歌詞があって、最初は自分の思い通りに歌ったんですけど、小出さんに「これだとカレーの匂いがする。この夕飯が何かは聴き手に委ねてほしい」って言われて。
ーなるほどなあ、面白い意見ですね。
廻花:でも小出さんがいいって言った一つのテイクを自分は納得ができなくて、攻防戦みたいな(笑)。結局自分が「こっちがいいです」って言ったテイクにさせてもらったんですけど、さっき言った「30%に落として歌ってみる」みたいなことは1人だったら絶対やらなかったし、その歌い方は自分も好きだなと思って、それは大きい発見でした。すごくいい経験になりました。
―“東京、ぼくらは大丈夫かな”は不安や焦りが背景にあるんだけど、でもそれを衝動のある、軽快なバンドサウンドで歌う、その組み合わせの良さもすごくありますよね。
廻花:まさしく、そうですね。やっぱり音がめちゃくちゃかっこよくて、自分はこれまでバンドをいっぱい聴いてきたけど、声とか歌だけじゃない、鳴ってる音全部でその衝動を表現してるみたいに感じられる曲が大好きで。“東京、ぼくらは大丈夫かな”も小出さんのお力によって、そんな曲になったと感じています。
―逆に“はかいのうた”は<時限爆弾 わたし>みたいな、ギョッとするような言葉を使ってるんだけど、でも曲調はローファイヒップホップというか、ちょっとチルな感じで、「この曲調でこの言葉を歌うんだ」っていう面白さがありました。
廻花:確かに。自分の中で「こういう曲調」っていうのと「こういう言葉」っていうのが別々にあるのかもしれない。
“はかいのうた”に関しては、自分は怒るのがすごく苦手なんですけど……このときはずっと怒ってたんです。でも誰も悪くないから、誰に言えばいいかもわからなくて、疎外感を感じて、電車に乗ってても急に涙が出てきたり、「全部滅べばいいのに」って思ったり。でもそういう人に言えない破壊衝動みたいな気持ちって、1回寝たら案外忘れちゃったりするんですよね。<明日には元通りだよ>っていう歌詞があるんですけど、ウルトラマンの敵が街を破壊したとしても、次の週には元に戻ってるじゃないですか? そういうイメージで作った曲です。
―直接口では伝えられないことが歌詞になっているという意味では、今も“ひぐらしのうた”の頃から根本は変わってないのかもしれない。
廻花:そうですね。“ひぐらしのうた”も少し前に作った曲で、この時は自分で「大人」っていう線を周りの人に対して引いてたし、その立場に甘えてた部分も多かったと思うんです。それもあって接し方がわからなかったけど、それから上京をして、自分自身も少し大人になって、この1〜2年くらいでやっと自分が言いたいことが言えるようになったかなと思います。
―小出さんともバトルをしたわけですもんね(笑)。あと“ターミナル”は初ライブからずっと披露されてきた曲で、音源化を待ってた人も多かったと思います。
廻花:“ターミナル”はSNSを見て、閉塞感がめちゃくちゃたまったときにできた曲です。誹謗中傷で亡くなった方がいて、でも少し経ったらみんな忘れて、過ぎ去っていっちゃう。そういうことに対する違和感みたいなものがすごくあって。1つニュースがあって、それが終わって、次の場所へ、また次の場所へって、自分も含めて、「みんなどこに行きたいんだろう?」っていう曲になりました。
―そういう内省的な感情がエモーショナルかつ美しい曲に昇華されてるのも素敵ですよね。
廻花:“ターミナル”はすごく好きだと言ってくださる方が多くて嬉しいですね。