2024年『第77回カンヌ国際映画祭』の「ある視点」部門に、日本人監督としては史上最年少で選出されたことでも話題となった映画『ぼくのお日さま』が、9月6日より先行上映され、9月13日から全国公開される。商業映画デビュー作『僕はイエス様が嫌い』で『第66回サンセバスチャン国際映画祭』の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史が監督 / 撮影 / 脚本 / 編集を手がけた本作は、雪の降る田舎街を舞台に、少し吃音のある少年・タクヤ(越山敬達)と、フィギュアスケートを学ぶ少女・さくら(中西希亜良)と、さくらが密かに思いを寄せ、タクヤが信頼するコーチ・荒川(池松壮亮)の3人が織りなす「雪が降り始めてから雪が解けるまで」の特別な時間を描いた映画だ。
既に世界中の映画祭でも出品され、『第26回台北映画祭』で「審査員特別賞」「観客賞」「台湾監督協会賞」のトリプル受賞をするなど絶賛を集め、国内の完成披露試写会などでも評判となっている。
そんな『ぼくのお日さま』について、映画 / ドラマとジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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音もなく寄り添うたった一人の友人

初めて『ぼくのお日さま』を観た時、筆者は完全に心打たれてしまった。主題歌であり、映画タイトルにもなっているハンバート ハンバートの代表曲“ぼくのお日さま”の歌詞の「ぼく」の心に「歌」だけでなく、映画が寄り添う瞬間を目の当たりにしたような感じがしたからだ。
こみあげる気持ちで ぼくの胸はもうつぶれそう 泣きたきゃ泣けばいいさ そう歌がぼくに言う
ハンバート ハンバート“ぼくのお日さま”
タクヤが吃音のため、「ありがとう」という言葉に到達するのに時間がかかって、言い終えた時には相手がいなくなっているという場面があるが、心の中で感じたことをすぐさま言葉にすることができないもどかしさを抱えて生きた経験がある人、もしくは現在進行形で抱えて生きている人にとって、彼の小さな恋を描いた本作は、忘れられない一作になるに違いない。映画は、時に、人を救う。孤独な誰かの心に、音もなく寄り添うたった一人の友人になれる。本作における荒川や、タクヤの友人・コウセイ(潤浩)のように。そんな稀有な1本が、本作だと思うのだ。
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少年が見つめる世界

『ぼくのお日さま』は初雪から始まる。野球をしている少年がふと手を止めて、空から降ってくるものを眺める。明るい空をちらちらと舞うそれが初雪であることに興奮し、夢中で眺める彼の眼差しは、奥山大史監督のデビュー作である『僕はイエス様が嫌い』において、彼にしか見えない小さなイエス様(チャド・マレーン)を見つめる主人公・ユラ(佐藤結良)の眼差しと通じるところがある。彼にとっての初雪もまた、ユラにしか見えない神様と同じように、大人が見る初雪とは違う特別なものなのだろう。その眼差しは、すべてのものが目新しかった、観客自身の幼い頃の記憶を呼び覚ます。それだけで、奥山大史が描く、新たな「ぼく」の物語に引きずり込まれる。
その少年、タクヤは苦手なアイスホッケーで負傷中、フィギュアスケートの練習をする少女・サクラの見事な滑走に心奪われる。気づけば彼女の動きを模倣しているタクヤ。見かねたサクラのコーチ・荒川が、タクヤの練習に付き合うようになり、やがて荒川の提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習をはじめることになる。

本格的な演技は初というタクヤ役の越山敬達、さくら役の中西希亜良の瑞々しい演技の鮮烈さはもちろん、その2人を支え、動かしていく存在であるコーチ・荒川を演じる池松壮亮、そして、荒川の恋人である五十嵐役の若葉竜也が素晴らしい。池松は、ドラマ『海のはじまり』(フジテレビ系)においても、好きだった人・南雲水季(古川琴音)の娘・海(泉谷星奈)との複雑で良好な関係性をこれ以上ない説得力で演じているが、本作においても、子どもたちにとって最高のコーチを、優しさと包容力で体現している。
また、ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)や映画『街の上で』(2020年)等これまでの作品とは一風違った雰囲気を纏った若葉竜也との恋人同士のやりとりは、少ない言葉を通して、より深い愛情を感じさせ、決して多くはない場面で、しっかりと子どもたちの、荒川曰く「真っ直ぐな恋」に負けない大人たちの恋を描いていた。