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アカデミー賞作品賞『アノーラ』レビュー 賛否のラストをあなたはどう解釈する?

2025.3.27

#MOVIE

自らが消そうとしていたアイデンティティと再び向き合うアノーラ

ショーン・ベイカーはアカデミー賞授賞式のスピーチで、アノーラ役のマイキー・マディソンが主演女優賞を受賞したことを受け、クエンティン・タランティーノに謝辞を述べた。マディソンは、タランティーノの監督作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で、出番は少ないながらも、人気女優シャロン・テートの殺害を実行しようとするマンソン・ファミリーの一員スーザン・アトキンス役を演じ、鮮明な印象を残した。その演技がベイカーの目に留まり、本作のキャスティングにつながったとされる。また、マディソンは本作で脚本の段階から関わったとも伝えられ、アノーラの人物像を多層にした立役者の一人でもある。 

アノーラは最初、ロシア読みの「アノーラ」ではなく、アメリカ風の名前である「アニー」で呼ばれることにこだわっている。彼女がロシア語を話せるのは、ロシア語しか話せない祖母との会話を通じてであることが明かされるが、両親のエピソードはついぞ出てこない。祖母という存在が、彼女にとって大きなものであることは、後に、失踪したイヴァンの行方を追う男たちの一人、イゴール(ユーリー・ボリソフ)が、祖母から受け継いだある品を大事にしているというエピソードと重なり合う。 

イゴール(ユーリー・ボリソフ)

『ANORA』は前出したように、アノーラとイヴァンの結婚が2人の高揚のピークとなり、その後、結婚に激怒した両親がロシアからアメリカへと乗り込んでくることで全く違うフェーズへと突入する。母親の登場でイヴァンは姿を消し、アノーラの前にはイヴァンの後見人である3人の男がやってくる。ジェームズ・グレイの『リトル・オデッサ』(1995年)を観た観客なら、ニューヨーク・ブルックリンのブライトンビーチで暮らすロシア系移民たちの容赦ない組織の恐ろしさを知っているため、アノーラに迫る危機の予兆にぞっとするだろう。しかし、そこはベイカー。むしろここで暴力性を発揮するのはアノーラの方で、男たちは彼女の結婚生活を諦めないという強い意志に振り回されることとなる。 

ブライトンビーチはロシア系、ウクライナ系の住民がが多く移り住んだエリアで、ウクライナ最大の港湾都市オデッサにちなんで「リトルオデッサ」とも呼ばれる。実際には旧ソ連との関係が深いコーカサス地方からの移民も多く、イヴァンの後始末に追われる司祭はアルメニア人の設定である。イヴァンがダチとしてつるむ若者たちはブライトンビーチでアイスクリーム店を営む一族のおそらく三世で、イヴァンほどではないが、生まれながらに家や財産に恵まれているのが見て取れる。アメリカ映画ではロシア圏の人物描写はかなり大雑把になりがちなところ、今作はそれぞれのルーツや出身地、現在の境遇の違いがさりげなく示唆され、解像度が高くなっている。

イヴァンの両親はプライベートジェットでロシアから即座に飛んできて、高圧的に結婚の無効を主張する。アノーラのできることは失踪したイヴァンを発見し、共に結婚は有効であることを宣言するのみ。こうして、アノーラとイヴァンの後見人である3人による奇妙な「イヴァン探し」が始まっていく。それまでロシア的なルーツを避けてきたアノーラにとって、リトルオデッサに足を踏み入れることは、自身の封じ込んでいたロシア的なアイデンティティを呼び起こす行程となっていくのだ。 

リトルオデッサでイヴァンを探すアノーラたち

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