never young beachの安部勇磨が自身初の北米ツアーに挑戦した。ロサンゼルスのサンディエゴからスタートし、ニューヨークのブルックリンまで計11都市12公演をおよそ2週間という過密な日程で回った安部。国内では幾度となくツアーを開催、主要フェスのトリも多く務め盤石なキャリアを築いたバンドのフロントマンでさえ、楽屋は相部屋で演奏と移動の日々を繰り返したという。そこまでしても安部を挑戦へと駆り立てたのは、日本に留まる危機感とまだ知らぬ刺激への渇望だった。
never young beachは今年で10年目を迎える。『笑っていいとも!』の放送終了と消費税8%の導入があった2014年のデビュー以降、バンドは順調にステップアップを続けた一方、メンバーの脱退も経験。ウキウキウォッチングだったお昼休みは他人の揚げ足を取る時間へと代わり、他人への不寛容と効率主義が社会に蔓延した結果、消費税は上昇を続けGDPは世界4位に転落した。
何においても費用対効果が重視される時代では、大変な思いをしてまで短期間でアメリカを横断するツアーはリターンが読めず時代錯誤かもしれない。それでも、自身でレーベル「Thaian Records」を運営する安部は、経営者としてのリスクも覚悟の上で今回の北米ツアーを行った。そこで再確認したのは、「バカなことをやる」必要性と「日本人」アーティストとしての可能性だった。
INDEX
コロナ禍の自身の救済が目的だった安部のソロアルバム『Fantasia』がもたらした海外との接点
ー初めに、海外を最初に意識したタイミングを教えてください。いつ頃から海外でライブをすることを考えていたのでしょうか?
安部:今年で34歳になりますが、20代の後半ぐらいから「日本だけで音楽を続けたら新鮮味のない音楽になってしまうのではないか」という漠然とした危機感があったんです。
アジアの国のイベントにはnever young beach(以下、ネバヤン)として何度か出演経験があるものの、国内のミュージシャンが世界中で活躍しているのを見るとわくわくするし、僕もチャレンジしたくなって。「何かしないと」という焦燥感はずっとありました。どうしても他人と比べてしまう性格なので、日本人が海外でライブをしているのを見ると、自分もやってみたいと強い興味を持ちました。どうなるかなんてわからないけど、挑戦したかったんだと思います。
ー2021年にソロ名義の最初のアルバム『Fantasia』がリリースされました。ソロ名義でも音楽を始めたきっかけについて教えてください。
安部:『Fantasia』は、コロナ禍の自分を精神的に助けるために作ったアルバムで、演奏することを考えて書いた曲ではありませんでした。それでも、Instagramで海外のユーザーからフォローされたり、アルバムに対して好意的な反応をもらったことが、僕にとって海外のオーディエンスとの最初の接点で。そこから海外のオーディエンスも意識した音楽を作るようになりました。
ーソロ名義でのリリースを通して、20代後半から安部さんが抱いていた感情とアーティストとしての目指す場所がリンクしてきたんですね。
安部:「楽しくできればいい」っていう感覚には限界があると思っていて。「身内で楽しくやれればいい」という音楽はどうしても薄くなってしまう。その時の精神状況にもよるかもしれませんが、光る音楽はきっと執着やこだわりがあるもの。僕にとっては他者からの評価が一つのモチベーションなんです。認められるとやっぱり嬉しい。海外での評価はまだまだですが、僕は音楽でご飯を食べてるので、「やるぞ」っていう気持ちで「どうしたらもっと聴いてもらえるか」をもっと考えるようになりましたね。
ー2023年にはソロEP『Surprisingly Alright』が、吉村弘や裸のラリーズのリリースも行うアメリカのレーベルTemporal Driftからアナログ化され、全世界流通でリリースされていますが、なぜこのレーベルからのリリースが決まったのでしょうか。
安部:新型コロナウイルスで各国がロックダウンになる直前に訪れたアメリカで知人を通して、Temporal Driftの北沢洋祐さんを紹介してもらいました。一緒に食事をした時に、ソロアルバムを制作していることを伝えて、完成した音源を後日送ったら、北沢さんがリリースを提案してくれて。目的があった旅行ではなかったですが、直接アメリカに行って現地で友達を増やせば何かが動くと思ったので、結果的には意味があったと思います。
ーSpotifyのソロ名義のリスナー分布は、ロサンゼルス、台北、ブルックリン、シカゴが東京に並んで上位の都市になっています。全世界流通で海外のオーディエンスに音楽を届けるにあたって、アメリカのレーベルのスタッフと意識的に取り組んだことはありますか?
安部:北沢さんはレーベルの方なので、ライブや制作の面でお話ししたことは多くないですが、日本とアメリカではレーベルのあり方が全然違うことを学びました。日本は、比較的一人で何役もやることが多い一方、アメリカは役割の線引きがはっきりと決まっているので、関わる人も多い分、お金もちゃんと動く。制作に関しては、もう1人昔からお世話になっているアメリカ拠点の日本人スタッフの方に楽曲のアドバイスをもらっていて。バシバシとシンプルな言葉をくれるんです、「これよくわかんない」とか(笑)。でもその過程がすごく楽しくて、日々勉強って感じで。それに今回の北米ツアーで実際に演奏をして納得することが多くあったんです。