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映画『キラー・オブ・シープ』解説 『ムーンライト』に影響を与えた伝説の傑作

2026.3.9

#MOVIE

アフリカ系アメリカ人の日常と人間性をスクリーンに映し出した映画作家、チャールズ・バーネット。その初期代表作、『キラー・オブ・シープ』と『マイ・ブラザーズ・ウェディング』の4Kレストア版が、特集上映企画「チャールズ・バーネット エブリデイ・ブルース」として、2月7日(土)に日本で劇場初公開された。

当時のハリウッド映画、アフリカ系アメリカ人を客層に想定して作られたブラックスプロイテーション映画のステレオタイプな表象から離れ、独自の視点と詩的な感性で撮るバーネットの作風は、世代やジャンルを超えて高く評価されている。なかでも『キラー・オブ・シープ』(1977年)は、伝説的な傑作とされ、「第31回ベルリン国際映画祭フォーラム部門」では国際批評家連盟賞を受賞した。

以下では、『キラー・オブ・シープ』に描かれたテーマを探り、現代への影響を見ていきたい。

大人の重々しさと子供の軽やかさ

本作において最も際立っているのは、大人の重さと子供の軽やかさとの決定的な違いだ。主人公であるスタン(ヘンリー・G・サンダース)は、羊の屠殺場という動物の死と無機質な作業が繰り返される場所で働いている。2人の子どもを養うため働くも、彼は精神をすり減らしまともに寝ることもできず、妻も沈鬱な表情を浮かべる。

スタン(ヘンリー・G・サンダース) / ©1977 Charles Burnett ©2025 Milestone Film & Video for KILLER OF SHEEP

その足取りは車に乗っている時でさえ重く、2人がかりで苦労して持ち上げてトラックに積んだエンジンは、すぐに荷台から転がり落ちて台無しになってしまう。道に置き去りにされたエンジンはどこか寂しげだ。人の心臓のようにさえ見える動かないそれを、カメラはゆっくりと捉えている。このショットに象徴される産業の荒廃と社会の停滞感。周縁化された1970年代初頭のロサンゼルス・ワッツ地区が持つ重々しい空気、その重力に押さえつけられているかのようだ。

©1977 Charles Burnett ©2025 Milestone Film & Video for KILLER OF SHEEP

一方で、子供たちは驚くべき軽やかさと速さで画面を横切る。地域を走り回り、線路で遊び、塀に登って石を投げる。足取りが軽く、活力に溢れ、そして時に暴力的でさえある。停滞した社会の重さなど感じてないかのように自由だ。

貧困にあえぐ社会と大人と子供の姿を、素人の俳優を起用し、ドキュメンタリーの手法で捉えたこの映画が、イタリアのネオレアリズモ(※)、とりわけヴィットリオ・デ・シーカ監督作品の『自転車泥棒』(1948年)を参照しながら語られるのはもっともだ。

※ネオレアリズモ:第二次世界大戦後の1940〜50年代にかけてイタリアで展開された映画・文学の写実主義運動

しかし、バーネットはこの大人と子供の対照性を残酷なまでに先鋭化させている。それが顕著に現れているのが、子供たちが屋根と屋根の間を飛び越えるシーンだ。ラッパーのモス・デフ(現ヤシーン・ベイ)のアルバム『The Ecstatic』のジャケットに使用されたことでも知られるこの場面。子供たちの跳躍を映した直後、カメラがそのままゆっくりと下を向くと、スタンたちが歩いている。その足取りは重く、気だるささえ伝わるが、ふと彼らが上を見上げるとカメラが切り替わり、今度は真下から、まるで重力などないかのように子供たちが次々と飛び越える姿を捉える。

©1977 Charles Burnett ©2025 Milestone Film & Video for KILLER OF SHEEP

別の場面、大人たちの乗る車と反対方向に走る子供を一度に収めたロングショット。画面の奥へと向かう車はずんぐりと動き、非常に遅く感じる。一方で画面の手前に向かってくる自転車はとてつもなく速い。

こうして大人と子供、重さと軽さ、そして速さの違いを見事な構図で捉えた印象的なショットの数々は、断片的でつながることもなく物語として結実することもない。断片が反復されたその終わりのなさが貧困地区の境遇の停滞感をさらに感じさせる。

座り込む男性と立ち支える女性

本作では、大人と子供だけでなく、男性と女性も対照的に描かれている。座り込んだり、寝そべっている男性たちに対し、女性たちが高い位置にいるショットが反復される。たとえば、エンジンの横で無気力に寝ている男性に対して、女性は「よくもこんなバカと妹は結婚したわ」と嘆いたあと、立ち上がって足蹴にする。

スタンの妻 / ©1977 Charles Burnett ©2025 Milestone Film & Video for KILLER OF SHEEP

印象深いのは玄関前のシーンだ。「ヤバい仕事」に勧誘しようとする男性2人組がスタンの家にやってくる。座り込むスタンの後ろに毅然と立つ妻。彼女は周囲を見渡し、男たちを追い払う。別の場面ではスタンと友人が家の入り口前の階段で座り込んでいるが、その後ろに女性がやってきて腰に両手を当てて立ち、彼らを見下ろしている。

これはコミュニティ内で女性が優位にあることを単純に示す描写ではないだろう。玄関の入り口にたつ彼女たちは、暴力などによって決定的に崩壊しないよう、家を守り支える柱かのようだ。

©1977 Charles Burnett ©2025 Milestone Film & Video for KILLER OF SHEEP

この点を踏まえると、ダイナ・ワシントンの“This Bitter Earth”が流れるなか踊るシーンでは、精神的にも肉体的にも疲れ果てた主人公を妻が支えているようにさえ見える。ワッツ地区の重々しさと、座り込んで横になる男性たちの中で、女性たちは立ち続けねばならない。踊っている途中でスタンがフレーム外に消えたあと、1人になった妻が寄りかかれるのは家だけだ。彼女たちは社会の重力を背負わされ、それになんとか抗うかのように立っている。

『キラー・オブ・シープ』が『ムーンライト』に与えた影響とは

バーネットおよびこの作品は、現代の映画や新しい世代のアフリカ系監督にも影響を与え続けている。特に、『ムーンライト』で「第89回アカデミー賞」作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督は、『キラー・オブ・シープ』の屋根を飛び越えるショットについて、次のように言う。

大人はコントロールできない世界の重さに押しつぶされているが、子供は空中を浮遊している。これは映画史の中で最高のカットの1つだ。」

Barry Jenkins 『Interview Magazine』

チャールズ・バーネット監督

バーネットからの影響を公言するジェンキンスだが、なかでも、『ムーンライト』は、『キラー・オブ・シープ』の息吹を強く感じ取ることができる。

第1章で見られるシャロンと少年たちが遊ぶシーンは、『キラー・オブ・シープ』で映し出された子供たちを思い出さずにはいられない。また、大人になったシャロンがケヴィンと再会しダイナーで踊る姿は、ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』(1997年)からの影響だとされているが、前述のスタンと妻のゆったりとしたダンスとも結びつく。『キラー・オブ・シープ』と違い、家庭は崩壊しているが、母の代わりにシャロンの支えとなるのは、たまたま出会った売人、フアンだ。

ジェンキンスも述べた子供の自由さ、軽やかさと大人の重々しさ。『ムーンライト』では、1人の人間の中で、アイデンティティに悩むシャロンの成長を通して表現されているように思える。

https://youtu.be/9NJj12tJzqc?si=8bf3Aks9P7HB06qm

また、『ムーンライト』の劇伴を担当したニコラス・ブリテルが「チョップド・アンド・スクリュード」を用いたのも話題になった。速度を落としてピッチを下げるヒップホップの技法によって、子供時代の軽やかなピアノの旋律が、成長と共に重く引き延ばされた低音へと変容していく。これはバーネットが画面に描いた重圧や停滞感を聴覚的に表現したものと考えることもできるだろう。

『キラー・オブ・シープ』が描いたのは、1970年代のワッツ地区という固有の場所だった。しかし、忘れられないショットの数々、そこから見て取れる社会のリアルな重圧や、大人と子供といったテーマは、視覚的にだけでなく聴覚的にも形を変え、現代の映画の中に脈々と息づいているのだ。

『キラー・オブ・シープ』

監督・脚本・製作・編集・撮影:チャールズ・バーネット
音響:チャールズ・ブレイシー
出演:ヘンリー・G・サンダース、ケイシー・ムーア、チャールズ・ブレイシー
原題:Killer of Sheep/1977 年/アメリカ/英語/80 分/モノクロ/スタンダード

配給:After School Cinema Club
公式サイト:https://www.afterschoolcinemaclub.com/everydayblues

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