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【Enjiインタビュー】日本初取材で明かす、その歌のスピリチュアルな感覚
ーEnjiさんは折坂さんの音楽を聴いたことはありますか?
Enji:まだ聴いたことがなくて。でもちょうど最近、SNSで彼のことを知ったんです。日本のメディアでインタビューを受けるのは今回が初めてなんですが、せっかくの機会なので折坂さんの音楽を聴いてみます。
ー日本の音楽で好きなものはありますか?
Enji:日本のシティポップにハマっている知り合いのミュージシャンもいますが、私自身はあまり日本の音楽について知らなくて。ただ、アジアのポップミュージック全般に興味がありますし、日本人とはちょっとした繋がりも感じています。日本のファンの方からの言葉を聞くと、私の音楽に共感してくれている感じがするのがすごく嬉しくて。

ーこれまでの経歴についていくつか質問させてください。Enjiさんはウランバートル生まれですが、幼少時代はどんな生活を送っていたのでしょうか。
Enji:私の家族は5人で、ウランバートル郊外のユルト(移動式住居)で育ちました。ノマディック(遊牧民的)な移動式の生活で、幼少時代は喜びに溢れていて。
両親は国営の発電所での仕事が忙しくて、兄弟と一緒の時間が多かったかな。学校の勉強もしていましたが、興味があったのはアートとダンス。あとフォークミュージックも大好きで、今の私に繋がってると感じます。
ー今おっしゃった「フォークミュージック」というのは、モンゴルのトラディショナルのことでしょうか。あるいはアメリカ的なフォークのことでしょうか。
Enji:モンゴルのトラディショナルです。モンゴルにはオルティンドーという長歌の民謡があって、「オルティンドーの女王」と呼ばれているナムジリーン・ノロヴバンザドから影響を受けて私もやるようになりました。オルティンドーはモンゴルでも田舎のほうではお祝いの席などで歌われているんですが、実は誰もが歌えるものではなくて。
ー1991年にウランバートルで生まれたEnjiさんの世代でも、オルティンドーなどモンゴルの伝統文化には日常的に触れているものなのでしょうか。
Enji:私ぐらいの世代で民族音楽に関心を持つのは珍しいと思います。田舎のほうではそうでもないと思いますが、私はちょっと変わっていたんだと思います。
2000年代以降、モンゴルにもいろんな文化が入ってきて、ウランバートルも近代化されました。当時、私もホイットニー・ヒューストンとかが大好きで。中学から高校にかけてはモンゴルのヒップホップも聴くようになったり、モンゴルの民族音楽から離れていた時期もありましたね。
でも高校卒業後に、「本当に自分が好きなものって何だろう?」と考え直す機会があったんです。それで小学校と幼稚園で音楽の先生をしながら、専門的にオルティンドーを学び始めました。
ーEnjiさんがモンゴルの民族音楽に惹かれ続けてきた理由とは何なのでしょうか。
Enji:歌うことが大好きで、歌のスキルを磨きたかったからだと思います。オペラとかでもよかったのかもしれないけれど、オルティンドーを歌いこなすにはスキルが必要だし、だからこそチャレンジしたかった。それにモンゴルのトラディショナルには深くてスピリチュアルな意味があって、私にとって特別なものなんです。
ーどのような意味で「特別」なのでしょうか。
Enji:歌っていると、今いるところから抜け出すような、広大なスペースに飛び立っていくような感覚になることがあって。オルティンドーはそこがすごく面白いです。
あとオルティンドーは、基本的にメロディーと言葉だけで構成されていて、拍子の概念がなくてフリースタイルなところがあるんです。そこにジャズと共通するものを私は感じます。私にとってモンゴルのトラディショナルは、想像力を使って自分自身の歌い方でメロディーを作るためのものというか。