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折坂悠太が敬愛する、Enjiとは。両者の個別インタビューで探る、その「歌」の深層

2025.10.24

#MUSIC

日々の生活を通じて社会の根底に流れるものを吸収し、音と言葉へと変換する現代のシンガーソングライターたち。彼らが描く歌の世界は、時に「都市のフォークロア」という側面も持つ。あくまでも個人の視点から社会を見つめ続け、都市の片隅にこぼれる小さな声にも耳を傾けてきた折坂悠太もまた、そうしたシンガーソングライターのひとりである。

その折坂が近年強いシンパシーを感じているのが、モンゴル出身のシンガーソングライター、Enjiだ。1991年にモンゴルのウランバートルで生まれた彼女は幼少時代からモンゴルの伝統的唱法「オルティンドー(長歌)」に慣れ親しみ、2014年のドイツ移住以降はジャズからの影響も受けたシンガーソングライターとして活動を続けている。

そんなEnjiが今回、11月に開催される『FESTIVAL de FRUE』(静岡県掛川市)で初来日を果たす。自身の体内に流れるものと脳内の記憶を歌へと変換してきた折坂悠太とEnji。現在のフォークロアを体現するふたりのシンガーソングライターが響き合うのはなぜなのだろうか。前半は折坂、後半はEnjiという二部構成によるインタビューをお届けしよう。

折坂悠太(おりさか ゆうた) / 『FESTIVAL FRUEZINHO 2024』より
平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。2018年10月にリリースした2ndアルバム『平成』が『CDショップ大賞』を受賞するなど各所で高い評価を得る。2021年3月、フジテレビ系月曜9時枠ドラマ『監察医朝顔』主題歌を含むミニアルバム『朝顔』を、同年10月には3rdアルバム『心理』を発表。2023年には音楽活動10周年を迎える。2024年6月、約2年8か月ぶりとなる4thアルバム『呪文』をリリースした。また、音楽活動のほか書籍の執筆や寄稿も行なっている。

【折坂悠太インタビュー】Enjiの歌に「懐かしさ」を感じるワケ

ー折坂さんがEnjiの作品と出会ったのはいつごろだったのでしょうか。

折坂:2ndアルバム『Ursgal』(2021年)はリリース当時から聴いていたと思います。衝撃があったんですよ。新しい音に触れて驚いたというより、琴線に触れるものがあったとしか言いようがない部分もあって。

自分の好きな表現って、古い記憶や小さい頃の感覚を呼び起こさせられるものなんですね。Enjiさんの歌はまさにそういう感じがします。私はモンゴル語がわからないので何を歌っているのかわからないけれど、なぜか懐かしい感じがするんです。

ーあまり異国の音楽という感じがしなかった?

折坂:そうですね。言語が違うこともあって、結果的に異国情緒みたいなものを感じることもあるんですけど、その国の文化の「それらしさ」みたいなものをくっつけたような音楽ではない。自分の身体に蓄積された情景や情感を元にして歌ってる感じがする。自分の歌もそうでありたいなと思っているので共感したのかもしれませんね。

Enji(エンジ) / Photo by Christoph Eisenmenger
1991年、モンゴル・ウランバートル出身。モンゴル歌唱の伝統とジャズ即興の間に、自然体でありながら温かく繊細な感情に満ちた声を交差させるアーティスト。幼少期はユルト(移動式住居)で育ち、モンゴルの伝統的唱法「オルティンドー(長歌)」を学び、民謡と舞踊にも親しむ。ウランバートルで音楽教育の学士号を取得後、2014年、ゲーテ・インスティトゥートのプログラムに参加し、ミュンヘンの音楽大学でジャズを学ぶ。『FESTIVAL de FRUE 2025』で初めての来日を控える。
Enji『Ursgal』を聴く(Apple Musicはこちら

ー折坂さんが他の国のシンガーソングライターの歌に触れたとき、そのような懐かしさを覚えることは結構あるのでしょうか。

折坂:そんなにないんですよね。いいなと思う音楽はもちろんいっぱいありますけど、ある集団の中で育まれてきた文化が自分の記憶と連動することはそれほどなくて。

しかも昔の人じゃなく現代のアーティストで、なおかつ同世代でそういう感覚になることはほとんどないんですよ。30年前に亡くなったシンガーに対して思う感覚と近い。時代を超えている感じがありますよね。

ーEnjiの作品の中でも一番好きなのはやっぱり『Ursgal』ですか。

折坂:そうですね。もしも今、「歌」というテーマで1枚選べと言われたら、『Ursgal』を選ぶと思います。今回あらためて聴いたんですけど、やっぱり素晴らしくて。声の中に揺らぎみたいなものとか、ちょっとザラザラした部分もそのまま乗ってるんですよね。

Enji『Ursgal』収録曲

意味を超えて、情景と情感を伝える「歌」を信じている

折坂:最近よく考えるんですが、文字にしてやりとりするのと、実際に会ってその言葉を理解するのとでは、同じ文面でも受け取るものがまったく違うと思うんです。

声という空気の震えを聞いて理解するものがあるし、そこに歌のひとつの機能があると思う。Enjiさんも声を通じ、「生きている感覚」みたいなものが伝わってくるし、そこに自分も共鳴するんです。

ー精神や記憶を伝える「メディアとしての歌」という感覚?

折坂:そうそう。Enjiさんは歌の中でどういうことを歌ってるのか知らなかったので、確認したんですけど、想像していたものからそんなに外れていなかった。たまに起こることなんですけど、声の響きとかテンション感みたいなものを通し、言語に頼らず理解できることがあるんですよね。Enjiさんもそういうことを信じている感じがする。

ー折坂さんの歌もまさにそういうものですよね。意味を超えたところで伝わるものがあります。

折坂:そうありたいと思っています。弾き語りのときは、自分ひとりの身体から発するもので共鳴みたいなものを起こしたいと思っていて。『Ursgal』を聴いたあたりから自分自身の感覚も変わってきたし、「こんなふうに歌ってみたい」とも思いましたね。

『FESTIVAL de FRUE 2022』より

ーEnjiはモンゴルの伝統歌唱法であるオルティンドーを幼少時代に身につけていて、現在の歌声でも、ときたまその影響を連想させる瞬間があります。折坂さんの歌唱にも浪曲や口上からの影響が感じられることがありますが、折坂さんはどのような意識のもと、そうした歌唱に取り組んでいるのでしょうか。

折坂:私はEnjiさんのようにバックボーンがあるわけではないし、ルーツとの繋がりは薄いほうで、そこがちょっとコンプレックスでもあって。じゃあ、なぜそういうものに気持ちが向かっているのか、未だにあまりよくわかっていないんです。

ただ、昔も今もお祭りは好きなんです。地元の柏でやっていた青森のねぶた祭りにも参加していたし、音楽活動を始めてから錦糸町の河内音頭大盆踊りにも行くようになりました。

そういう場所で鳴っている音楽って、「情景」のひとつでもあると思うんです。自分が見てきた情景や子どもの頃の思い出と同じカテゴリーであって、お祭りが終わるころ、遠くで音楽が鳴り響いているような情景が自分の中に蓄積している。そのイメージを自分の中に落とし込みながら歌うことによって、だんだん身体化していく……私は歌というものに対して、そういうヘンテコな入り方をしてるんです。

折坂悠太『心理』(2021年)収録曲、サム・ゲンデルがゲスト参加している

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