メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES

『ぬいしゃべ』金子由里奈監督インタビュー 加害性とやさしさのはざまから

2023.4.4

#MOVIE

声やしゃべり方と同じで、誰も他人のやさしさを真似できない。『ぬいしゃべ』を通じて「やさしさ」を考えた

ー最後に、タイトルにも含まれている「やさしさ」についての話を聞かせてください。自分は『ぬいしゃべ』の小説や映画をとおして、自分が「やさしさ」だと考えている言動や行動は誰かへの押しつけになっていないか? などと、やさしさの定義がますますわからなくなった部分がありました。監督はこの作品と関わる過程で「やさしさ」についてどんなことを考えていましたか?

金子:私は「その人がいる」という事実に、まず頷いてみることがやさしさの始まりだと思っているんです。そこから枝分かれして、いろいろなかたちのやさしさが生まれていくのではないかと考えていて。『ぬいしゃべ』の登場人物で言えば七森や麦戸ちゃんのようにやさしさを表に出す人もいれば、白城のようにすべてを態度に出さずとも、ある状況を引き受けるやさしさを持っている人もいる。

白城(左・新谷ゆづみ)と七森(右)©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」
白城(左・新谷ゆづみ)と七森(右)©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

金子:一人ひとり、喋り方や所作が違うように、ある環境で育ってきたその人にしか体現できないやさしさがあるんだと思います。その人が何年もかけて受け取ってきた、いろいろな種類の思いやりがあるわけで。だから、私も人のやさしさは絶対に真似できないと思うんです。……でも、こうして話していてもわからなくなってきますね。やさしさって何なんでしょう。

ー難しいですよね。ただ、いま監督の言った「環境」という言葉から、ぬいぐるみとしゃべる人たちが集う「ぬいぐるみサークル」のことを連想しました。「ぬいサー」は「落ち込んだままで集まれる場所」として描かれていましたが、自分が落ち込んだ状態を他者と共有できることが、やさしさにつながることもありうるのかな、という予感がして。

金子:そうですね。「弱さ」というのは優劣や比較の上にあり、そんなものがない世界が理想ではありますが、映画化に際してのコメントにも「弱いひとが弱いまま生きられる場所はないのだろうか」と書きました。強くなることが求められる社会ってなんだろうって。

多くの物語には、まず困難があって、それを乗り越えることで成熟していく基本型があるじゃないですか。敵がいて、倒してとか。でも、本当は何も乗り越えなくていいと思うんです。

新自由主義化が進んで、「自分の問題は自分で解決しなきゃいけない」「強くないといけない」という風潮が強い社会になってきていますが、もっとーー「寝ていてもよくない?」と思うんです。

映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」
『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』ポスター ©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

ーたしかに最近、「自分の機嫌は自分で取る」といった、自己責任の考え方を善とするムードを感じますし、その考えが「厳しさ」として他者へと向かっている場面も散見しますよね。そんな時代だからこそ『ぬいしゃべ』で「大丈夫じゃないまま」の人々と触れることで、救われる人もいるかもしれません。

金子:そうですね、救うというより映画が「(両手を前に広げて)そのままでいいよ〜」と呼びかける感覚ですかね。それは自分に対して言っていることでもあるんです。

監督という仕事もリーダーシップを発揮し、自分の意見を言える人がなれる職業のように見えますが、自分のように、みんなの力を借りながら映画を撮る人がいてもいいのかなと考えています。『ぬいしゃべ』の現場でも、みんなに迷惑をかけながら、そのことを自分に言い聞かせていました。結果、本当に「ぬいサー」のような現場になって。

ー素敵なエピソードですね。「ぬいサー」に所属するメンバーはなかなか人に言えない思いをぬいぐるみに吐露していましたが、監督はそうした「行き場のない思い」が生まれた際、どのように向き合っていましたか?

金子:私の場合はやっぱり創作だったり言葉だったりに思いを託している気がします。無力感に苛まれるような毎日ですが、アウトプットをすることで何とか、どん底まで落ちずにいられる。そう考えると、創作は自分にとって、世界との接地点なのかもしれません。

金子由里奈監督

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

2023年4月14日(金)より新宿武蔵野館、渋谷 ホワイト シネクイントほか全国ロードショー
原作:大前粟生「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」(河出書房新社刊)
監督:金子由里奈
脚本:金子鈴幸 金子由里奈
撮影:平見優子
録音:五十嵐猛吏
編集:大川景子
プロデューサー:髭野純
スチール:北田瑞絵
宣伝デザイン:大島依提亜
製作・配給:イハフィルムズ
(2022 | 109分 | 16:9 | ステレオ | カラー| 日本)
©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」
出演:
細田佳央太
駒井蓮
新谷ゆづみ
細川岳
真魚

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS