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映画『落下の解剖学』を解説。社会的な地位のある女性が直面する不公正をどう描いたか

2024.2.22

#MOVIE

©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas

本作があぶり出すもの。女性が活躍できる社会で、それでも直面する不公正

トリエ監督の過去の長編では、ジャーナリスト、弁護士、心理療法士と、自立した社会的地位のある女性がそれぞれの作品の主人公となっている。その視点から見れば、彼女が描きたいのは、女性の自立やチャンスを広げることというより、「女性が活躍できるようになってきた時代のなかで、現実にどのような苦難に直面するのか、不公正な部分があるのか」という、より新しいフェーズの課題なのではないか。

そこでは、女性がいつでも「正しい」存在である必要はない。男性と同じように悪事もはたらくし、配偶者を裏切ることもあるだろう。それも含めて、男性と同程度に裁かれ、非難されればよいはずである。しかし往々にして、世間からは女性の悪事はより苛烈に追及されているのが実情といえるのではないだろうか。

男女が公平な立場になること自体について現在では、たとえ保守的な意見を持っていたとしても、否定する者は少なくなってきている。しかし、女性が少しでも男性の上に立ったり有利になったりする場合には、拒否感を表明する者は多い。そういうシチュエーションを作ることで監督は、社会が女性の地位向上のために譲歩しているように見えて、まだまだ権利の獲得は限定的なところにとどまっているということを、具体的な構図で見せているのだと考えられる。

サンドラ / 『落下の解剖学』場面写真 ©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas

本作『落下の解剖学』について監督は、「社会的な意見を一方的に発信することはしたくない」と、テーマの明言を避けている。だが一方で、本作で描かれる夫婦の対立関係については、「カップル同士の確執を超えて、男女そのものの戦いになっている」とも語っている。つまり本作は、同じく『アカデミー賞』で「作品賞」を争っている『バービー』(2023年)のように、社会における性別の問題を俯瞰して考える部分もあるということなのだ。

『バービー』予告編

検事(アントワーヌ・レナルツ)やサミュエルの精神科医など、サンドラを厳しく追いつめていく男性たちは、彼女が夫を苦しめていたと主張し、「夫の成功を望んでいなかった」と発言すらする。しかし、そう思っていたのは、じつは夫側ではなかったのか。

こういう感情は往々にして、「稼いで女を養うことが男の甲斐性なのだ」という、これまでの社会的な慣習や先入観がベースになっているところがある。1970年代アメリカの家庭を描いた、近年のアニメシリーズ『FはFamilyのF』でも、職を失いながらも家父長制にしがみつく中年男性が、自分の妻が社会的な成功をつかみそうになったとき、失敗することを願ってしまうという屈折した心理が描かれていた。その意味では、夫のほうも、古い価値観が継続する社会からの圧力に苦しんでいた部分があるといえよう。

『FはFamilyのF』予告編(海外版)

サンドラは、このような価値観が残存しながら女性の進出も進むという社会背景のなかで、男性側の「バックラッシュ(揺り戻し)」に遭うのである。そう考えると、この裁判はまさしく、現在の女性と男性による代理戦争の様相を見せているといえよう。また、同時に主人公サンドラが「外国人」「バイセクシャル」など、フランスにおけるマイノリティーであることも考慮に入れるべきだろう。

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