日本からタイに渡り、バンド「Faustus」のドラマーとして活動しながら、dessin the world名義で日本とタイの交流活動を15年にわたって行っているGinn。そして、福岡のコレクティブBOATのメンバーであり、福岡音楽都市協議会と共にタイと福岡の音楽コライト企画『BEYONDERS』を主催した野村祥悟。大規模再開発で街が様変わりするアジアの玄関口福岡と、アートと音楽が調和するバンコクという2つの都市について語り合う(記事前編ではバンコクのライブハウスとフェス事情について紹介)。
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政治的な主張を求められるタイの音楽シーン
野村:タイはアーティストやイベントも含めて若い世代がエネルギッシュに活躍している印象があるんですが、実際、国内ではどうなんですか?
Ginn:エネルギッシュではあるんですが、実はタイは少子高齢化が始まっている国なんですよ。一説によると、日本よりも少子高齢化が進むスピードは早いと言われていて。元々、人口は日本の半分強の6,600万人(2022年、タイ内務省調べ)ぐらいなんですが、それも2028年をピークにどんどん減ってくと言われています。国としての経済発展が爆発的にはないまま、少子化に入ってしまって、よく中進国の罠という言われ方をしますが、まさに、当てはまっちゃってる感じの国だなという印象があります。
タイ・バンコク在住15年。タイ人メンバーと結成したポストハードコアバンド「Faustus」で自身でもタイインディーズシーンにて音楽活動をしつつ、日本とタイのインディーズシーン交流促進を目的としたレーベル「dessin the world」を主宰。「日本の音楽をタイに。タイの音楽を日本に。」をコンセプトに、タイアーティストの日本でのフィジカルリリース・ツアー・プロモーション、日本アーティストのタイでのフェスブッキング・イベント企画・現地ラジオ局やメディアへのインタビューブッキング、日本・タイアーティストによるコラボ曲制作サポート、など、多くの交流案件を手掛けている。
https://dessin-the-world.jimdosite.com/
Ginn:経済面でいうと、タイは観光業がGDPの20%ほどを占めており、重要な産業の一つとなっています。コロナ禍で大打撃を受けましたが、今やっと観光客が戻ってきてるので、コロナの時期に比べると、もちろん経済は持ち直してきています。が、ここから先は、現主要産業を強化したり、主要産業を多面化していかないと行き詰まるだろうな、と感じています。それには、どうしても政治の力が必要になるんだと思います。
野村:タイは政治の力がすごく強い印象です。
Ginn:そうですね。僕はタイに住んでから、2回クーデターに遭遇しているんですが、クーデターって字面だけ見ると危険な匂いがしますよね。街中でバンバン鉄砲振り回しているとか。でも実際はそんなことはなくて、軍が街を制圧するので、逆にその時期はあんまり暴れないんですね。クーデターが起きると戒厳令が敷かれ、夜間外出禁止になったり、集団で集まることが禁止になります。人が集まることが禁止になるので、ライブイベントも中止になったり開催できなくなったりします。
野村:その例だけでも日本より身近に政治があるのがわかります。そういった政治との関わりは、作品にすごく影響が出るんじゃないですか?
Ginn:当然出ると思いますし、作品にしないまでもアーティストはちゃんと主張しますね。例えば、RAP AGAINST DICTATORSHIPというヒップホップクルーがいて、痛烈に政府を批判する曲をリリースし、YouTubeのMVは1億回以上再生されています。日本語の字幕もついているので、ぜひ見てみてください。
Ginn:ちなみに、これに政府がアンサーソングを返したんですが、それはバッドマークをいっぱい押されたみたいです。タイではそんな感じで、ミュージシャンも政治的な発言をしますし、発言内容に対しての賛否こそあれ、発言すること自体が批判の的になるようなことは、少なくとも僕は見たことがありません。逆に、自分の意思を主張しないと、主張しないこと自体を批判されることもあります。それはそれでどうかと思いますが。
野村:これは例えばヒップホップじゃなく、ポップスやR&Bのアーティストでもそうなんですか?
Ginn:そうですね。SafeplanetやH3Fというバンドは反体制的な意見を表明していたりしますし、反体制の立場を表明しているバンド / アーティストを集めて開催される『DEMO EXPO』というフェスまであります。逆に政府寄りのコメントを言ったアーティストが炎上したりもしていますね。
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大規模再開発で変わりゆく風景がもたらす思わぬ影響
野村:タイは政治が安定しないと街の開発が進まないんじゃないですか?
Ginn:それがそうでもないんです。サイアムという地域があるんですが、日本のガイドブックだと、タイの原宿〜渋谷と言われる若者がいっぱい集まる街なんですが、そこがコロナ中に大開発を行いました。それはもう元の街の面影が思い出せないぐらいの開発で。そんな地域もあれば、まだ歩道もガタガタで舗装されてない地域もあったりで、街づくりの格差は激しいですね。
あと、街の開発とはちょっと意味合いが違うかもしれませんが、交通インフラの一つの問題として、タイは渋滞が酷いことで有名で。場合によっては車が1時間ほどその場から動かないなんてこともあります。街の成り立ちや、道路の配置や、交通システムや、交通ルールや、交通マナーや、生活習慣などなど、色んな要因が折り重なって渋滞が発生するようで、どれかに手を入れたからといってすぐに解消されるわけでなく、根深い問題となっています。
野村:そうなんですね。福岡もコロナ禍を経て、「天神ビックバン」「博多コネクテッド」という2大再開発で街の中心地の景色が様変わりしています。福岡は空港が街中にあって、ビルの高さが法律で制限されていたので高い建物がない街並みだったんですが、法律が緩和されたことを受けて、行政が旗を振って積極的に建て替えるようにキャンペーンを打っている真っ最中です。代表的なところでいうと、街の中心部で廃校になっていた旧大名小学校跡地がリッツ・カールトンになりました。1階の元校庭部分が防災用の芝生広場になってるんですが、天神近郊の大きな公園として、警固公園、天神中央公園に続く憩いの場として、早くも機能しているようです。
福岡のコレクティブBOATのメンバーであり、コレクティブの中核を担うバンドMADE IN HEPBURNの雑務担当。大学卒業後、23歳の頃に「LOVE FM」でアルバイトを始め、ラジオ番組の制作に携わるようになる。RKB毎日放送のラジオ番組「ドリンクバー凡人会議」や「チャートバスターズr!」を制作していく過程で出会ったアーティスト仲間のサポートをしたことをきっかけに、音楽コレクティブBOATを設立。福岡の港湾地区・那津にスタジオを構え、楽曲からデザイン、ミュージックビデオまでを一括で制作するようになる。BOATでの活動をきっかけに、SiipやAmPm、中村佳穂といったメジャーアーティストから、Deep Sea Diving Club、クレナズム、YOUNDといった福岡のアーティストのミュージックビデオ、そしてSpace Shower TVでは福岡の新鋭アーティストに迫るドキュメンタリー「FUKUOKA COLLECTIVE」を制作。2022年からはSpotifyのオフィシャルポッドキャスト番組や、ハイタイドストアと雑誌「ペーパースカイ」による番組「THINKING CLOUD」など、さまざまな音声コンテンツをディレクションしているほか、福岡音楽都市協議会のメンバーとして、イベントディレクションを担当。福岡とタイのアーティストによるコライト企画「BEYONDERS」を開催する。
https://www.instagram.com/yaungtao/
Ginn:前回福岡を訪れた時は再開発の影響もあったのか、日本の他の都市とは違う、かといってタイでも感じられない、アジアではあるけど、どこか別の国の都市みたいな空気感を感じて、何か独自の進化をしているなと思いました。
野村:それはもしかすると、日本の中では珍しく人口が増加している地方都市で、特に移住者が多いっていうこともあるかもです。それと大きな建物がなくて街全体の日当たりが良かったり、天神は特に、大名屋敷があった時代から続いているので、比較的、今でも街並みが綺麗なんですよね。そこを2026年ぐらいまで約70棟、ビルごと建て変えるのが天神ビッグバンです。
Ginn:そうなると、日の当たり方とか変わってきそうですよね。
野村:風景はガラッと変わるだろうと思います。ここ約5年の間に福岡出身のミュージシャンが注目されることが多くなった中、インタビューで「福岡出身のアーティストには共通の雰囲気があるように感じませんか?」と聞かれる機会が頻繁にあったんですが、僕は、あんまりそういうふうには思ってはいなかったんです。でも、言われてよくよく歌詞を見たり、メロディーを聴いて思ったのは、福岡のアーティストはインスピレーションを受ける風景が同じ可能性が高いんじゃないかという点です。東京だと、渋谷があったり、新宿があったかと思えば、下北沢や吉祥寺もあるし、東側にも一晩遊べる街がいくつもあるし、移動距離も長いじゃないですか。その雰囲気は街によって千差万別だし、四季折々の景色も様々だと思うんですが、福岡はコンパクトシティと呼ばれる通り天神と博多、2つの街を歩いても15〜20分。かかったとしても30分ぐらい。市内に住んでいると行動範囲が大体一緒になってくるので、見ている景色も似通ってくるんです。その共通した景色が一定の雰囲気を醸造しているんじゃないか? というのが僕の見立てです。
Ginn:再開発で街の景色が変わった時に、長い目で見るとアーティストの表現にも影響が出てくるのかもしれませんね。
野村:そうですね。前編にもタイのライブハウス○○世代という話題が出ましたが、福岡では天神ビックバン以降世代というのが出てくるかもしれませんね。
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再開発が街にもたらす新たなカルチャーの芽吹き
Ginn:再開発で風の流れや街の気温が変化するのも表現活動に少なからず影響を及ぼすかもしれないですよね。
野村:そうですね。再開発には賛否両論あると思いますが、新しい場所ができることで、新しい表現が出てくるきっかけになる可能性はあると思います。例えばこれまで、天神周辺は天神北というエリアで人の流れが切れて、その先の海側にはなかなか遊びに行ったりしませんでした。しかし、再開発で天神北とその先の須崎公園エリアが開発されてカフェやホールができることによって、散歩しながら海側まで行きやすくなるんですよ。それに先んじてなのか、これまで遊び場になることが少なかった海側の施設「ベイサイドプレイス博多」に少なからず若者が集まり出しているという話も聞きました。
Ginn:野村さんも所属しているコレクティブBOATがスタジオとして使っている物件もその周辺ですよね。
野村:そうなんです。僕らのスタジオなんて、夜になると前の道を誰も通らない地域だったんですが、人の流れがもうちょっと変わってくると、ベイサイドプレイス博多を中心とした海側の地域でイベントをしよう! とか、何かクリエイティブをしよう! という人が増えてくるかもな、という期待はあります。
Ginn:人の流れで街が変わるって意味合いで、バンコクでも同じような例を思い出しました。土日だけオープンしている「チャトゥチャック・ウィークエンドマーケット」という超巨大マーケットがあるんですが、そこに隣接した「Bangsue Junction」というビルがあって。外装が赤いので赤ビルって呼ばれてるんですが、そこは元々若い人が寄り付かないビルだったんですね。3階ぐらいまではアンティークや調度品、家具が置いてあるお店が入っていたんですが、そこの4階をフロアごと古着市場にしたんです。そしたら、チャトゥチャックに行く若者たちが、夕方ぐらいからそっちに行きだすようになって。人が集まってくるので、今度は3階も古着市場にしようということで3階も古着屋が立て続けに入居し、遂には5階にも古着屋が入居しだして、現在、3〜5階まで古着市場になってるんですよ。
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タイファンクを現代解釈する注目バンド
野村:後半は福岡とバンコクの街の最新事情を聞いてきましたが、最後に2人でバンコクと福岡の気になってるアーティストを交換しませんか?
Ginn:いいですね。僕が気になっているアーティストは3組います。一つ目はFORD TRIOというバンドです。タイファンクというジャンルがありまして、アメリカのKhruangbinはそこから影響を受けたと公言しているんですが、そんなタイファンクを現代解釈してるなと感じるのがFORD TRIOです。去年11月の日本ツアーと、Helsinki Lambda Clubとのコラボシングルを経て、ちょっと日本市場を意識し始めたんですね。そうすると不思議なもので、自国の文化への理解も深くなっていくというか。今年、ニューアルバムのリリースが予定されているのですが、そのアルバムに収録されている楽曲は、タイの独特な音階も混ざるようになってきています。
野村:実は福岡にもKhruangbinがピックアップしたタイファンクから影響を受けたバンドがいます。MuchaMuchaMというんですけど、彼らはタイファンク的なフィーリングに沖縄音階を取り入れたりと面白い活動をしています。
Ginn:興味深いですね。FORD TRIOはHelsinki Lambda Clubのニューアルバムにも参加しているので、彼らにとって、日本でもいい追い風になるんじゃないかなと思ってます。
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ギターリフで合唱が起こる急成長バンド
野村:タイと日本のコラボは急増していますね。
Ginn:そうですね。特に、コロナ禍は物理的に移動ができなかったので、タイ進出を検討していて、タイでの認知度向上を図りたいと思っているアーティストにとっては、コラボ曲制作という方法は有効だったんじゃないかと思います。例えば、日本のRyu MatsuyamaとタイのMax Jenmanaのコラボだったり、NulbarichとPhum Viphuritだったり。
野村:コロナ禍でも着実に準備していた人たちが、次のフェーズとして国境を越えた共作に移れているんでしょうね。今後が楽しみです。2つ目はどんなアーティストですか?
Ginn:最初の方にも名前が出たSoft Pineですね。タイって観客まで歌を一緒に大合唱する文化があるんですが、Soft Pineにいたっては、ギターリフまで合唱が起こるようになってきました。観客には中高校生も多いです。
野村:キャリアはどれくらいなんですか?
Ginn:4〜5年ぐらいだったと思います。僕の持論で、タイのインディーズシーンは大体5年周期ぐらいで新しく生まれ変わっていくんですね。Supergoods、DOGWHINE、January、Beagle Hug、Alec Orachiなどなどが出てきたこの5年の世代の中で頭一つ飛び抜けたのがSoft Pineでした。彼らは今年、ニューアルバムを出すので、ここからタイ国内でまずガツンといくんだろうという予感はしてます。
タイと福岡のインディーズ入門必修アーティスト
Ginn:ちなみに、そのさらに5年前の世代だとMoving and Cut、Stoondio、Jelly Rocket、Zweed n’ Rollが出てきた中で、アリーナクラスになったのがSafeplanetです。
野村:Safeplanetは日本にも何回も来ていて、今年もROTH BART BARONのイベントに出演するなど、日本での知名度も高いですよね。ちなみに、Safeplanetとも相性が良さそうなアーティストが福岡にいます。手前味噌なんですが、僕も所属しているBOATの中核を担うユニットでYOHLUというんですけど、彼らは今年、すでに3曲シングルをリリースしていて、秋にはまとまった作品もリリース予定です。またアジア諸外国からも招聘の声がかかっていて、アジアの玄関口・福岡の地の利を生かした活動ができるんじゃないかと期待しています。タイでもライブできたらいいですよね。
野村:3つ目はどんなアーティストですか?
Ginn:3つ目のオススメは、途中で名前も出てきたPanda Recordsに所属しているSummer Dressです。もう10年以上はやってる中堅なんですけど、最近より良くなってきて。僕の中で、タイインディーズのいい部分を凝縮するとSummer Dressになる! という確信があります。タイのインディーズと言ったらSummer Dressをまず聞いとけばいいんじゃない? ぐらいです。
野村:入門としても、Summer Dressから入ると、タイのインディーズの雰囲気がわかるよ! という感じですか?
Ginn:そうですね。一筋縄ではいかない音楽をやってるバンドなので、いい意味で面食らってもらえると思います。
野村:MVも尖っていていい意味で面食らいました。福岡インディーの入門であり、面食らうくらい良い! という意味では、Alex Stevensが欠かせない存在です。ハワイ出身で伊万里にルーツがある福岡在住のソロアーティストなんですが、彼の作る楽曲は、福岡のリゾート地である糸島の海を感じさせる爽やかな雰囲気があって、全曲最高のドライブミュージックとしても機能します。彼自身、福岡の音楽カルチャーが集まるカフェ「como es」の店員で、お店で曲作りもしているようです。運が良かったら、お店で彼が曲を作っている姿を見ることができるかもしれません。
話題は街の夜を切り取る。ナイトタイムエコノミーへ
野村:街もアーティストも日々刻々と変化していくと思うので、この対談は定点観測的に続けていけたらなと思うんですが、今回のお話を経て、次回はナイトタイムエコノミーの観点から街を見比べていくのも面白いんじゃないかと思いました。
Ginn:観光客が訪れた時にお昼間の観光だけじゃなくて、夜の街をどういうふうに楽しませていって、経済を潤わせようか? っていう取り組みですよね。
野村:そうです。ナイトタイムエコノミー目線の切り口で、バンコクと福岡を切り取ると、また違った話が出てきそうですよね。
Ginn:ナイトタイムエコノミーの一例としてナイトマーケットを挙げると、ナイトマーケットが有名なのは台湾かと思うのですが、実はタイもナイトマーケットが盛んな国で、最近では、観光向けから地元民向けまで、新しいマーケットもできてきていますよ!
野村:おっと! その話は次回にとっておきましょう(笑)。