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江﨑文武と紐解く、初のソロアルバム『はじまりの夜』

2023.6.24

#MUSIC

インタビュー前編では、「音楽家・江﨑文武」の背景にある物語や価値観に迫った。そしてこのインタビュー後編は、先日リリースされた初のソロアルバム『はじまりの夜』に込められたメッセージを紐解いてもらった。

日没から夜明けまでのとある一夜、陰翳の世界と交錯する光を音楽で描いた本作は、まだ電燈が無かった時代の日本の美意識を綴った谷崎潤一郎による1930年代の随筆集『陰影礼讃』をコンセプトに掲げており、失われた時代に思いを馳せるような、どこか懐かしさを感じさせるピアノの音色や音響が印象的だ。一聴すると非常にシンプルだが、ビートミュージックや子守唄、ジャズ、童謡、アンビエント等、様々な音楽的エレメントが全編にわたって散りばめられており、江﨑にとってのルーツミュージックのみならず、これまでのキャリアで吸収してきた音楽性の、まさに集大成ともいえる内容に仕上がっている。

インタビュー前編で「遅かれ早かれ、いずれ世界は大きなパラダイムシフトを迎える」と語ってくれたが、そのような大転換期に彼はなぜ、ノスタルジックな響きをたたえるソロアルバムを作り上げたのだろうか。

一人だけで聴く、一人に向けた、パーソナルな音楽の追求

─『はじまりの夜』、一聴するととてもシンプルなのに豊かで濃密な作品だと思いました。ビートミュージックや子守唄、ジャズ、童謡、アンビエント等、様々な音楽的エレメントが散りばめられていますが、全体的に「優しさ」が満ち溢れている。そこが江﨑さんらしいなとも。

江﨑:ありがとうございます。もし僕が『陰影礼賛』を音楽の文脈で語るとしたら、大人数で聴いて盛り上がる音楽がすっかり当たり前の世の中で、一人の音楽家が一人のために書き、一人だけで聴く音楽が存在してもいいのではないか? ということを表現したいなと。音楽の原体験って、割とそういうパーソナルなところにあると思うんですよ。例えば子守唄は、一人が一人のために歌う「一対一の音楽」ですし。誰しもお母さんのお腹の中にいる時は、一人でいろんな音楽を聴いているわけですから。

江﨑文武(えざき あやたけ) セルフポートレート
音楽家。1992年、福岡市生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。WONK、millennium paradeでキーボードを 務めるほか、King Gnu、Vaundy、米津玄師等、数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。映 画『ホムンクルス』(2021)をはじめ劇伴音楽も手掛けるほか、音楽レーベルの主宰、芸術教育への参加など、様々な領域を自由に横断しながら活動を続ける。

江﨑:小さい頃から僕は「暗い曲が好き」とよく言っていたみたいで(笑)。「暗い」という言い方が正しいかどうか分からないのですが、ちょっと叙情的で美しい曲が好きなんですよね。そういう傾向は、小学生くらいの頃にはすでに固まっていたのだと思います。今回のソロは、そうした自分のルーツにある音楽だけで作ろうと思っていました。と言いつつ、この30年間に通過してきた音楽はほぼほぼ全て内包されている。それはひとえに周りの友人のおかげかなと思います。ひょっとしたら僕は、ジャズ以外の文脈の音楽……例えばヒップホップやビートミュージックみたいなものとは出会わなかったかもしれないので。全く聴いてこなかったわけですから。

─日没から朝を迎えるまでのとある一夜、陰翳の世界と交錯する光を音楽で描いたとのことですが、闇を潜り抜けて、再び光に包まれるような構成は、コロナ禍から新しい世界を迎える我々の世界、その共通体験を表してもいるのかなと思いました。

江﨑:その視点は全然なかったんですけど、でも確かにそういう聴き方もできますね。僕は一人で過ごす夜の時間がすごく好きで。街もすごく静かになるし、なんていうか「地球と自分」みたいな時間を過ごせる気持ちになる。昼間だと車の音とか、隣の人の声だとか、他者の存在を感じずにはいられないですけど、夜は他者の存在をあまり感じなくて。それよりも「月がどんどん上がっていっているな」なんて感じている時間がすごく尊く感じるんですよね。まあ、コロナ禍はその時間が長すぎて寂しかったですけど(笑)。

─ペダルを踏む音や、打鍵の音まで収録したサウンドプロダクションも印象的です。WONKでは、井上(幹)さんを交えて既存のアーティストのサウンドプロダクションを研究していると言っていましたが、ソロではどんな音響を目指しました?

江﨑:今回も具体的なリファレンスはたくさん出ていて、エンジニアの佐々木優さんといろいろなトライアルをしました。例えばErased Tapes Recordsのアーティストは非常によく聴いていましたし、坂本龍一さんの話も出ましたし、Flying LotusやJヒップホップの先人とかその辺りの文脈の話も、童謡の話もしたことがあったから(笑)、リファレンスも非常に多岐にわたりましたね。

─旋律ではなく音の響きや音色の中に、「懐かしさ」みたいなものが混じるのは何故なのでしょうね。

江﨑:不思議ですよね。技術的なことで言えば、例えば“帷”という曲にはアナログレコードのスクラッチノイズが混じっていたり、サウンドスケープというか街の音みたいなものもたくさん入っていたり。そういったものが我々の記憶と結びついて、「懐かしい」とかそういう感情を呼び起こしているのではないかと。音楽を聴いて懐かしい気持ち、嬉しい気持ち、悲しい気持ちなどが呼び起こされること自体、人間にしかできないことだと思う。僕らの方で仕掛けを散りばめてはいますが、そもそもそれに気付けることが魔法みたいだなと。

意外性のあるゲスト人選に秘められたカウンター精神

─角銅真実さんや松丸契さん、手嶌葵さんなどゆかりのあるゲストが多数参加されています。

江﨑:例えば手嶌葵さんは、以前コマーシャルの仕事でご一緒したときに「素晴らしい声の持ち主だな」と。もちろん、その前から大ファンだったので、今回は是非とも手嶌さんに1曲歌ってもらいたいと思って“きょうの空にまるい月”という曲を書きました。“帷”にトラックメイキングで参加してくれたSweet Williamくんや、“朝日のぬくもり”に参加してもらった木原健児さん、mei eharaさんは「一緒に何か作ったら面白そうだな」と思い、どちらかというと共同作業みたいな形でお願いしましたね。

松丸契くんもそう。彼とは活動しているシーンも非常に近かったですし、素晴らしいサックスプレイヤーだということは存じ上げていたので、「きっと契くんが吹いてくれたらこんな感じになるだろうな」ということを想像しながら、まずはこちらで下地となるトラックを作っていきました。角銅さんもそうです。

江﨑:ただ、今回一つ大切にしたのは、日ごろ一緒に音楽をやっている仲間とはあえてやらないということ。様々なシーンでお仕事をさせていただいている分、すでに関係の深い方をお誘いする可能性もあったのかもしれませんが、今回はそこへのカウンターといいますか、自分がそういうシーンで見せていないところを表現することを最も大切にしたので、そこに相性がいいだろうなと思う方々を中心にお願いしました。

─なるほど。確かに、「あ、そうくるんだ」みたいな意外性が若干ある人選だなとは思いました。

江﨑:ですよね。例えば誰かがソロアルバムを出すとなると、なんとなく布陣が想像できると思うんですけど、それをなぞりたくないなという気持ちが今回はあったんです。

─ちなみに、角銅さんが参加した“抱影”という曲名にはどんな由来があるのですか?

江﨑:野尻抱影さんという、天文学者の方のお名前を拝借しました。じつは今回、志人さんという、素晴らしい「語り部」であり「ラッパー」とご一緒できたら嬉しいと思って一緒に制作を進めていたのですが、この『はじまりの夜』ではそれを形にするのがちょっと難しかったんですね。でも、その過程で志人さんが紡いでくれた言葉がたくさんあって。「抱影」も、そのうちの一つというか、志人さんからかなりインスピレーションをもらったものなんです。他の曲含めて、曲のタイトルは志人さんからの影響が大きくて。またどこかで音楽をご一緒できたら嬉しいと思っています。

─この“抱影”もそうですし、絵本作家の荒井良二さんが歌詞を書いた“きょうの空にまるい月”もそうですが、今作は「子守唄」や「童謡」からの影響を色濃く感じます。

江﨑:ジュニアオーケストラにいた頃、日本の唱歌メドレーの伴奏をしたことがあるんです。『ふるさとの四季』というタイトルで、そのなかにはさまざまな唱歌や民謡が含まれていたので、自分にとっての原体験でもあるんですよね。それに、ある種の「古典回帰」でもありました。関東大震災のあと、東京から京都へ引っ越した谷崎が『陰影礼讃』で古典回帰したのも、震災の影響で「江戸情緒」みたいなものを失ってしまった東京への憂いの気持ちからだったらしく。ぼくが谷崎と同じように古典回帰するためには、やはり童謡や子守唄は主軸として外せなかったんですよね。

<新しい一日がはじまる>で終わる、『はじまりの夜』

─アートワークもとても印象的ですよね。

江﨑:佐藤裕吾さんという、同世代の素晴らしいクリエーターにアートディレクションをお願いしました。カメラを用いずに、印画紙の上に直接物を置いて感光させる「フォトグラム」という技法を用いているのですが、それを提案していただいた瞬間に「はい、最高です」と思いましたね(笑)。僕も写真が好きで、カメラも趣味で色々とやっているのですが、そもそも光を扱う芸術じゃないですか。今回のアルバムのコンセプトにぴったりだなと。マン・レイやモホリ=ナジが切り拓いていった手法というのも、個人的には嬉しかったです。

『はじまりの夜』ジャケット画像

─ぼんやりと浮かぶ球体が、“きょうの空にまるい月”という曲名とシンクロしますよね。

江﨑:じつはジャケット写真にはいくつか案があったのですが、もっともポップでわかりやすいのがこの写真だったんです。おっしゃるように、夜空に浮かぶ月のようにも見えるし、徐々に登っていく……あるいは暮れていく太陽のようにも見える。見る方によって、いろんな解釈ができるところも気に入っています。

─最後の曲“朝日のぬくもり”は、木原健児さんが綴った歌詞も印象的です。<繰り返し この時間を 繰り返し この気持ちを 変わらずに毎日を感じて>と歌っていたラインが、最後に<振り返る この時間も 振り返る この気持ちも 新しい一日がはじまる>と変化するのもいいなと思っていて。繰り返される変わらない毎日は、今この瞬間にとっては<新しい一日>でもあるという。

江﨑:確かに、その塩梅はかなり絶妙ですね。曲自体もくり返しの伴奏で作っている曲なので、日常のループ感みたいなものはあるのですが。とにかく木原さんには、日常の風景だけで描いてほしいとお願いしました。メッセージとして大きすぎないというか、当たり前の日常の中にある幸せや、感情の機微みたいなものを、うまく表現していただいたと思っています。

─先ほど話したコロナ禍の比喩という意味では、この<新しい一日>はアフターコロナの新しい一日が始まるとも取れるなと。そうやって考えると『はじまりの夜』というタイトルも意味深だなって。

江﨑:確かにそういう希望の歌のようにも感じることもできますね。僕的には映画のエンドロールが流れている時の楽曲というイメージで書いたのですが、むしろ続編のオープニングにも感じられるという意味でも面白い。ちょっとこれから使わせていただきますね、それ(笑)。

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