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「難解なことを易しく表現すること」と、難解なことを難解なまま受け止める「勇気」
─先日お亡くなりになった坂本龍一さんは、江﨑さんにとってどんな存在でしょうか。
江﨑:間違いなく背中を見て育った人物の一人です。確か高校生の頃ですが、坂本さんの自伝的著書『音楽は自由にする』に出会って引き込まれるように読んだのを覚えていますね。様々な分野の方と親交があって、それぞれの領域を深掘りできているような音楽家はとても稀有だと思うんです。いろんなジャンルの翻訳家のような部分に惹かれます。
─それこそブラジル音楽からクラブミュージックに現代音楽まで。
江﨑:しかも音楽だけでなく、哲学的な話もできるわけじゃないですか。すごく難解なことを易しく表現してくれる印象があって、そこも「翻訳家」という印象と重なるのかもしれない。技巧的にはアカデミックで実験的なことを用いながら、誰もが口ずさめるようなメロディと共にアウトプットしていくバランス感覚にも長けていて。

─それこそ江﨑さんが目指している姿でもありますよね?
江﨑:そうですね。僕もある種、翻訳的なことができるようになれたらいいなと思うし、それを「教育」という軸でもやっていけたらいいなと思っています。自分の知っていることを、たくさんの人に共有していくのは価値ある行為。むしろ「やらなければならないこと」の一つですし、音で表現する楽しみをみんなが理解できる社会を目指したいと考えています。
─「難解なことを易しく表現する」というスタンスも、相通じるところがあるのかなと。
江﨑:そうですね。ただ、難しいことを易しい言葉で伝えるのは、リスクがつきものだとも考えているんです。難しいことを、難しいままに伝えていくことも少し意識的にやっていかなければいけないタイミングがあるなと思っていて。
─確かに。コロナ禍で対立や分断が生まれたのも、何事も白黒はっきりさせよう、分かりやすい答えに飛びつこうとする行為が原因だった場合も多かったですよね。難しいことを難しいまま、難解なことを難解なまま受け止める「勇気」も必要な時があるのかなと僕も思います。
江﨑:「わからない」と思ったときに、自分の中で様々な思考を巡らせるのはすごく大事なことですよね。タイパなんて言葉が称揚される今の世の中とは、すごく相性の悪い行為だとは思うんですけどね(笑)。何でも分かりやすくしよう、というふうにはならないよう気をつけたいです。
