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その選曲が、映画をつくる

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のアーティ・ショウが意味するもの

2024.6.21

#MOVIE

なぜアーティ・ショウが選ばれたのか

人種問題の視点からさらにこのエピソードを掘り下げると、カーティスが好んだビッグバンドジャズのリーダーが、何故カウント・ベイシーやデューク・エリントンのような「同胞」ではなかったのかという疑問も湧き上がってくる。行き過ぎた牽強付会は慎むべきなのを承知であえて類推するならば、ここには、カーティスのキャラクターというよりも、ペイン監督自身(およびオートンら音楽チーム)の問題意識が刻まれているから、と考えるべきではないかと思う。

アーティ・ショウという人物は、アフロアメリカン音楽史上のみならず人種問題史上最も重要な存在である歌手、ビリー・ホリデイのキャリアにおいても大きな役割を果たしたバンドリーダーである。1938年、ショウは白人バンドとして初めてアフロアメリカン女性たるビリー・ホリデイをシンガーとして迎え入れ、米南部をツアーする。しかし、ジムクロウ法下の強固な差別がはびこる米南部において、ホリデイは激烈な悪意にさらされ、彼女を白人メンバーと同等の待遇で接するように尽力したショウの働きかけも虚しく、当時の業界の意向によって脱退を余儀なくされたのだった。1939年に録音された彼女の代表的なレパートリー“奇妙な果実(Strange Fruit)”は、人種差別への痛烈な抗議が込められた曲として知られているが、まさしく、上のような経験を経て録音されたものなのである。

アーティ・ショウ。撮影:William P. Gottlieb Retrieved from the Library of Congress.

当時の音楽業界の低俗な「常識」と戦った人物であるとホリデイに評されたように、アーティ・ショウは、不当な差別に頑とした態度で臨む人物であったのと共に、伝えられている逸話の数々によれば、決して自分を曲げようとはしない高潔な、別の言い方をするなら、相当に気難しい男であったという。さらには、文学をはじめ、芸術全般や学術・科学に該博な知識を有する人物でもあった。ということはつまり、彼は、本作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』の主人公、ポール・ハナム先生にかなり似通った人物であったわけである。

翻ってハナム先生は、あからさまな形ではないにせよ、人種差別に問題意識を抱いている人物として描かれている。クリスマス休暇が始まって間もない頃、ハナムがメアリーに、自分たちと食卓を共にしないかと声をかけるシーンがある。メアリーは丁寧に断りその場を後にするが、学校一の悪童クンツが、「戦争で息子を無くしたからといってそれに同情して使用人を食卓に誘うなんて馬鹿げている」と毒づく。すると、ハナム先生は、いつにも増しての激烈な剣幕とともにクンツを叱責するのだ。

Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.
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