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映画のラストはThe Cureの名曲に託される
加えて、ギル監督は、本作のラストでそれまで以上の大胆さをもって音楽へと思いきり映画を預けてみせる。不幸な事故を経て入院している深瀬を洋子が見舞う苦く切ないシーンで流れるThe Cureの名曲“Picture Of You”がそれだ。まがりなりにも各々の時代状況やロケーションに沿った選曲を行ってきた本作において、この曲だけは、そうした設定上の制約とは全く無関係に配置される。
歌詞を聴いてみれば、既に言葉を無くしてしまった深瀬の心情(の空白)を巧みに代弁する内容と理解するのは容易いし、そうした状態になってみて初めて洋子を「目で」見ることが叶った哀しい皮肉も重なり合う。あるいはまた、「ピクチャー」という語を、写真と同時に映画を指していると解釈すれば、深瀬の視線と監督自身の視線の交錯を見出すこともできる。だが、そうした符合を嬉しがる暇もなく、我々はやはり圧倒的な異化作用の中に放り込まれる。1960年代から時代を疾走し続け、遂には写真を撮る能力すら奪われた老人と、それを見舞う元妻の半生は、The Cureの楽曲と当然ながら何らの伝記的繋がりはない(はずだ)。しかし、そこに流れ出すバンドサウンドとロバート・スミスの歌声は、圧倒的な(違和感に下支えされた)説得性をもって、この物語の全体を包摂してしまうのだ。
私には、ギル監督自らが、率先して楽曲のパワーに飛び込んでいっているように感じるし、少なくとも、彼はきっとこの曲に圧倒されるのを誰よりも楽しんだのではないだろうか。私には、このような、ある芸術がもつ制御不能なパワーへの没入の仕草もまた、常に深淵へと誘われ続けた深瀬昌久という芸術家への、ギル監督なりの献辞なのではないかと思えてしまうのだった。

『レイブンズ』

2025年3月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー
監督・脚本:マーク・ギル
出演:浅野忠信、瀧内公美、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀
配給:アークエンタテインメント
https://www.ravens-movie.com