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その選曲が、映画をつくる

映画『ヒットマン』とドクター・ジョン、あるいはニューオーリンズの「ペルソナ性」

2024.9.12

#MOVIE

ニューオーリンズ文化の混交性と擬態表現

ニューオーリンズという街は元々、18世紀に建設されたフランス領ルイジアナの首都であり、後にスペインへの譲渡を経て再びフランスの手に戻るが、その数年後にはアメリカがこの地を買い受ける……といった風に、目まぐるしく統治者が交代している。プランテーションのための労働力として西インド諸島やアフリカから連行された黒人奴隷、支配層たる白人とともに、1804年以降は、政情不安に揺れるハイチからの多くの移民者もこの地に流入した。また、法的に奴隷ではない自由黒人も合衆国最大級に多く、フランス白人と黒人のミックス=クレオールも多数存在したし、当然ながらかねてよりこの地に暮らしてきたネイティヴアメリカンの存在もあった。

ニューオーリンズの音楽とはまさに、このような極めて混交的な文化状況の中で育まれていったものだ。こうした背景のもとで、カリブ海諸地域をはじめ、西アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ北部、さらにはネイティヴアメリカンによる各種の伝統的要素が入り交じり、「純粋なニューオーリンズ音楽」とは何かを明示的に指すのが難しい、つまり、その混交ぶりこそが逆説的なアイデンティティとなりうる、きわめてハイブリッドな存在としてのニューオーリンズ音楽の姿が立ち現れてくるのだ。

ゲイリーの同僚ジャスパー(オースティン・アメリオ)、フィル(サンジャイ・ラオ)、クローデット(レタ)(左から)

こうした混交性は、いろいろな野菜やシーフードやチキン、スパイスをごった煮にした同地の伝統料理「ガンボ」に喩えられることもしばしばで、草創期のジャズをはじめ、リズム&ブルースやソウル、ファンク、ケイジャンミュージック、もっと射程を伸ばせば現在のラップに至るまで、あらゆる音楽に見出さされる特徴となっている。

加えて、ある種のペルソナ性=擬態表現の鮮烈さ / 豊穣さという観点からも、ニューオーリンズは特筆すべき文化を育んできた。その代表的な存在が、タンバリンの強烈なリズムとコールアンドレスポンスに彩られた、「マルディグラインディアン」によるパレード音楽だ。

マルディグラとは、ニューオーリンズで2〜3月に開かれるカーニバルのことで、同地の伝統行事として、多くの観客を集めることでも知られている。マルディグラインディアンとは、このカーニバルで豪奢なパレードを行う黒人〜クレオールの一団のことで、その名の通り彼らは、色とりどりのネイティヴアメリカンの衣装を身につけ、ストリートへと繰り出すのだ。

参考:マルディグラインディアンの装束 New Orleans Mardi Gras Indian © 2016 Mark Robinson (CC BY 2.0)

しかし、なぜ彼らは異なる種族であるはずのネイティヴアメリカンの伝統衣装を纏うのだろうか? ともに白人からの被虐者 / 逃亡者であった両者の親交によるとも、逆に、対ネイティブアメリカンの戦闘に従軍した黒人部隊=いわゆる「バッファローソルジャー」によって演じられたのが最初だともいわれ、その由来は定かではない。いずれにせよ、マルディグラインディアンのカーニバルにおいては、自らの文化的なアイデンティティを表明するにあたって、歴史的に固定されたなにがしかの自己像に回帰するのではなく、本来別種と思われているはずの文化的な意匠を借りながらひとつのペルソナを上演するという複層的な擬態表現が、強い誇りをもって実践されているのである。

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