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「おとぎの国」の「古き良き」意匠
序盤の舞台となるのは、マーゴット・ロビー演じる「典型的なバービー」をはじめ様々なバービー達(と彼女達の「添え物」であるボーイフレンドのケン達)が暮らすおとぎの国「バービーランド」だ。パーティーやサーフィン、ドライブなど、連日夢のような暮らしが繰り広げられる中、ある日バービー(ロビー)はそれまで完璧だと信じていた自らの身体に異変を感じる。その原因を探るため、バービーとケン(ゴズリング)は人間の世界=「リアルワールド」へと向かうが、二人はそこでショッキングな「現実」を知り……というのがあらすじだ。
映画冒頭からまず目を引くのが、バービー達のファッションと、バービーランドの造形だろう。昔ながらのドールハウス(ドリームハウス)を思わせるピンク色をふんだんに使ったミッドセンチュリー風の美術やファッションは、1950年代から続く「古き良きアメリカ」のイメージを強調し、観客を「夢の国」の幻想へと誘う。

マーク・ロンソンお得意の「過去の音楽意匠の再調理」が冴えわたる
そして、音楽もまた、「あの頃」をデフォルメ的に演出する装置として縦横無尽に配置されている。サウンドトラックの共同制作を務めたのは、トッププロデューサー、マーク・ロンソンだ。現代的なダンスミュージックの中にノスタルジックな意匠を溶け込ませる手法を得意とする彼は、最新のサウンドとともにきらびやかなミュージカル映画の伝統へもオマージュを捧げる本作にとって、またとない適材といえる。
参加アーティストも実に豪華だ。デュア・リパ、サム・スミス、Lizzo、ビリー・アイリッシュ、GAYLE、PinkPantheress、Ava Max、ニッキー・ミナージュ&Ice Spice、Karol G、Tame Impala、HAIM等、ポップスから、R&B、レゲトン、ロックまで、多くのトップスターが顔を揃え、映画のために新曲を制作した。
それぞれ各アーティストの個性を反映した曲が目白押しだが、全体を通じてパーティーチューン、特にディスコ調の曲が目立っているのが面白い。映画のオープニングに使用されるLizzoの“Pink”、ダンスパーティーのシーンで流れるデュア・リパの“Dance The Night”、サム・スミスの“Man I Am”は、あからさまに1970年代後半〜1980年代初頭のディスコサウンドを参照している。作中でもそれらしき描写が見られるが、このあたり、どうやらディスコ映画の傑作『サタデー・ナイト・フィーバー』へのオマージュとなっているようだ。

こうした、即座に「〇〇風」というイメージを喚起させるような、ある種の「アイコン性」に寄った音楽の使い方というのは、MCU作品含め昨今の大作映画全般においてよくある手法だが、本作はそうした傾向を特に強く感じさせる。
例えば、Charli XCXの“Speed Drive”では、トニー・バジルの“Mickey”が引用されているし、Tame Impalaの“Journey to the Real World”は、同じくあからさまに1980年代のシンセポップ(Pet Shop Boys?)風だ。
こうした視点で最も強く興味を引かれるのが、ライアン・ゴズリングが歌う“I’m Just Ken”だ。バービーランドにおいてあくまでバービーの「添え物」でしかなかったケンが、人間社会の家父長制的構造を目にして男性としての「誇り」や「主体性」に「目覚めた」のちに歌われる曲で、作曲を務めたロンソンの十八番である過去の音楽意匠の再調理手法が冴えわたっている。明らかに時代遅れのパワーロックバラードである本曲は、ケンの「覚醒」の前時代的な滑稽さに対して嗤いを誘おうとしていると推察できるが、一方で、編曲などは如実にQUEEN風であることから、「男らしさ」への単純な揶揄と受け取るのをためらわせる、いかにも意味ありげなイースターエッグとなっている。

加えて、サウンドトラックアルバムには収録されていないが重要な(?)役割を与えられている曲、Matchbox Twentyの“Push”にも注目したい。オルタナ系ポップロックを代表する同バンドが1997年にリリースしたこの曲は、マスキュリニティの権威性に覚醒したケンの「お気に入り」として紹介され、更には、(ゴズリングを含めた)ケン達がバービー達を口説くために(実はバービー達にそう仕向けられているとは知らず焚き火をうっとりと眺めながら)ギター片手に自己陶酔気味に弾き語るという、とかなり揶揄的な使われ方をしている。これには、実際のところ長年のアメリカンロックファンである筆者自身も苦笑と冷や汗を禁じ得なかった(一連のシークエンスでは、もう一つ「オルタナロック好き男性」の頬を痛打する尖ったジョークが炸裂する)。