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「今度は今度、今は今」
『PERFECT DAYS』は、この、あまりに当然のようでいて、それゆえに手に触れ難く、掬ったそばから宙に淡く散じてしまうような淡い気づきを、光と影と音の織りなし=映画として捉えようとする。自らの過去の記憶を突然に投げかけてくる存在=平山の姪ニコ(*)の来訪を受け、二人は次のような会話を交わす。数ある美しいシーンの中でも、特筆すべき詩情を醸す場面だ。
(二人並んで自転車を漕ぎながら)
平山「この世界は、本当は沢山の世界がある。
つながっているように見えても、つながっていない世界がある。
僕のいる世界は、ニコのママのいる世界と違う」
ニコ「私は? 私はどっちの世界にいるの?」
平山(自転車を停める)「……」
ニコ(自転車を降り、眼の前の隅田川の流れを眺めながら)「ここ、ずっと行ったら海?」
平山「うん、海だ」
ニコ「行く?」
平山「……今度ね」
ニコ「今度っていつ?」
平山(ニコを見つめながら)「今度は今度、今は今」
ニコ(反芻するように)「……今度は今度、今は今」
二人(再び自転車に乗り、ジグザグに並走しながら)「今度は今度、今は今」
*ヴェンダースおよびルー・リードのファンならば、この名付けに明確なオマージュを感じざるをえないだろう。

平山は、変わらないルーチンの中で日々を過ごすが、同時にそれがゆえに、変わりゆくものを誰よりも敏感に感じ取ることができる。ただ不変の、閉じた環世界の継続を望んでいるようにみえて、実はそういう彼自身が、過去の記憶と結びついた心のどこかで、小さな変化を待望し、また、それをもって「新しい変わらない日常」へと漕ぎ出すことへ想いを致しているのかもしれない。もしかすると、彼が愛でる音楽や本も、変わらない日常の安定のためというよりもむしろ、裏腹に心揺れる瞬間を訪れさせるために、彼を取り囲んでいるのだろうか。