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その選曲が、映画をつくる

デヴィッド・フィンチャー『ザ・キラー』 ネオリベの暗殺者はザ・スミスを聴く

2023.11.17

#MOVIE

The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023
The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023

後期資本主義社会に対する批評性

そうやって考えてみると、いわゆる「ネオリベ」の最も力強い推進者であったサッチャーを口激しく罵ったことで知られ、そういう社会において若者が抱え込む深刻な不全感を歌ったThe Smithsの曲を暗殺者が愛聴しているというのは、少し気の利きすぎた皮肉と言える。

自信たっぷりのビジネスパーソンたちが「ヒーリング」や「明日への活力」のためにお気にいりの音楽を摂取するように、自分の「アウトロー」ぶりを撫でるためにThe Smithsを聴く。結局のところギグエコノミーの一員でしかない自分を対象化してみることをせず、あくまで「自己責任」のもとでプロとして行動する。いや、行動せざるを得ない。自らと自らの恋人を危険に晒した発注者を追い詰めるという、その苛烈な業務の過程においてすら、だ。

The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023.

ノンポリのフリーランス暗殺者のBGMはいつも、「自分と同じような」社会のアウトサイダーを歌った、The Smithsの名曲たち。なんという壮大な皮肉だろうか。この皮肉から、先鋭的な政治性をまとった特定のサブカルチャーが、商品経済の渦潮に揉まれることで次第に脱イデオロギー化し、それどころか親資本主義な「グッズ」としてしたたかに延命するという、現代におなじみの現象への痛烈な批評を嗅ぎ取るのもわけはないだろう。

フィンチャーがいう「笑える」とは、まさに、上に述べてきたような感覚を指しているのだろう。思えば、『ファイト・クラブ』しかり、『ソーシャル・ネットワーク』しかり、デヴィッド・フィンチャーという人は、かねてから後期資本主義社会に生きる男たちの抱える滑稽や矛盾を、執拗に描いてきたのだった。いつにも増して抑制的な語り口ゆえに、本作『ザ・キラ―』ではあくまで「クールな男性像」を称賛しているのではないかと一瞬騙されてしまいそうになるが、実のところは、まったく反対のことをあぶり出しているように思えてならない。つまり、「この男=暗殺者のモノローグと立ち居振る舞いに静かな喝采を送ってしまいそうになる君たちは、グローバル企業が主導するシェアリングエコノミーとギグエコノミー、そしてテクノロジーが世界を覆う現在の社会 / 経済システムの中において、一体どれほどまでに『主体的』で『自由』であるというのか?」という問いこそが、本作の提起するもっともクリティカルなテーマであるはずだ。それを浮かび上がらせるために、The Smithsの曲が担う役割はことのほか大きい。同時に、こんな迂遠なやり方で問いを起こすその方法自体が、すぐれてThe Smiths的といえるかもしれない。

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