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その選曲が、映画をつくる

デヴィッド・フィンチャー『ザ・キラー』 ネオリベの暗殺者はザ・スミスを聴く

2023.11.17

#MOVIE

The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023
The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023

「自信家のニヒリストがThe Smithsを愛聴する」ことの意味

フィンチャーの言及しているThe Smithsの“How Soon is Now?”は、元は1984年8月に5枚目のシングルとしてリリースされた“William, It Was Really Nothing”のBサイドに収録されていた曲だ。しかし、発売後から人気が上昇、翌年に改めてA面曲として発売されたという経緯を持つ、バンドを代表するレパートリーの一つである。美麗でいながらダークなアンサンブルに加え、強烈な孤独感と疎外感、拭い難い劣等感からくるシニカルなブラックユーモアを溶かし込んだ歌詞など、The Smithsが一貫して主題とした諸要素がひときわ鮮やかに結晶化した曲として、多くのファンに愛されている(他方、「今に幸せがやってくるよ」と無責任に声をかける他者への軽蔑が入り交じる歌詞世界、そして、そこに強烈に匂い立つ自意識は、やや聴く者を選ぶ類のものであるのも確かだろう)。

フィンチャーは、この“How Soon is Now?”を、映画の冒頭近く、暗殺者がまさに狙撃を行おうとスコープを覗き込む場面で使用している。イヤホンをつけ、「仕事」に集中するために同曲を流す暗殺者。スコープ越しに向かいの部屋を覗く暗殺者主観のカットでは、彼の体感を再現するように音楽もオンになり、カメラが引いて彼自体を映すカットでは(イヤホンからの音漏れを示すように)オフ気味になる。この再生音のオン / オフが彼自身のモノローグを伴って矢継ぎ早に入れ替わる様は、演出効果の観点からいっても実に巧みで、観客の緊張感をジリジリと煽るいい働きをしている。

The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer. Cr. Netflix ©2023.

ここで注目すべきは、そのモノローグの内容だ。いかにも「殺しのプロフェッショナル」風に、集中するための方法や心を鎮める方法、仕事にまつわるコツや守るべき論理をやたらと饒舌に語るのだ(彼が現実に交わす会話の極端な少なさに比べると、よけいその異様さが目立つ)。曰く、神にも国にも支えない。何者も代表しない。あくまで計画通り、即興もしない。誰も信じるな。自分だけを信じて、常に先の展開を予測せよ。相手を優位に立たせるな。対価に見合う戦いだけに臨め。感情移入は禁物だ。それは弱さを生む。成功のキーワードはシンプル。「どうでもいい」だ。行程のあらゆる段階で、何を得られるのかを問う。やるべきことを確実にやる。もし成功したければ、そうしろ。

相当なニヒリストにして、自信たっぷりの実務家である。加えて、かなりの自意識過剰ぶりである。それゆえに、おそらく本人の自己評価の高さとは裏腹に、プロであることの冷厳さやそのリアリティよりも、「俺はプロフェッショナルだ」という自己言及 / 自己暗示が前面化してしまっているような、やや滑稽な印象を受けてしまうのだ。その滑稽さ、いたたまれなさは、狙撃の「ニアミス」とその直後のあくせくした退却によって一段と増幅されるし、このシークエンスに限らず、彼は本編中ずっと、どこか間抜けなキャラクターを隠しきれていない。

話を戻そう。まさしく、主人公のこうしたキャラクターを造形するにあたって甚大な効果を挙げているのが、The Smithsの楽曲なのだ。反権力志向で、ニヒリスティックで、捻じくれた自信屋。それはまさに、モリッシーの歌詞の中に度々登場するタイプの、世界から疎外され虚脱感と自意識を肥大させる若者の姿とどこか滑稽に重なり合ってしまっている。これは、逆から見ると、「The Smithsを聴いて悦に入っている男子あるいは元男子達」への痛烈な皮肉、カリカチュアにもなっているふうですらある。

The Killer. Michael Fassbender as an assassin in The Killer.. Cr. Netflix ©2023
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