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空気や気分まで運ぶソースミュージックの妙
同様の繊細な「過去」の取り扱いは、本作における音楽の使用法にも指摘できるだろう。
もちろん、過ぎし日々を扱う映画である限り、ソースミュージックとして流れる音楽は、過去に制作された音楽である。この映画でも、1990年代のヒットチャートを賑わした様々な音楽が流れる。
二人が滞在するトルコのリゾートホテル敷地内には常にBGMが流れているのだが、ウェルズのプレイリストと音楽監修スタッフのルーシー・ブライトの提案を混ぜ合わせたというその選曲の「ありそうな感じ」は、リアルタイム世代ならつい笑顔になってしまうだろう。レストランのスタッフが余興を披露するシーンに流れるLos del Rioの“Macarena (Bayside Boys Remix)”(1993年)、夜のパーティーシーンを盛り上げるChumbawambaの“Tubthumping”(1997年)。他にも、AQUA “My Oh My”(1997年)やSteps “5,6,7,8”(1998年)など、数々のパーティーヒットが映画に賑わいを与える。
また、ホテル主催のカラオケ大会で中年客によって歌われるThe Righteous Brothersの“Unchained Melody”やBlondie “The Tide Is High”などのチープなオケと弛緩した歌唱は、バカンスの途中に訪れがちな気怠い空気を実にうまく表現している。

一方で、普段はオルタナロックを好んでいるらしい父カルムの嗜好を反映するように流されるBlurの“Tender”(1999年)は、他の曲とはやや異なる働きを担っている。カラムは、映画冒頭で右手に(観客には原因のわからない)謎めいた怪我を負っており、ホテルの部屋にはスピリチュアル関係の本を積み上げていたりする。更には、夜に独りで海の中へ入っていったり、部屋で激しく嗚咽するシーンもある。はっきりと言及されないにせよ、彼はメンタル面に深刻な不調を抱えているようで、それはどうやら妻子との別居にも関係しているらしい。
ホテルの室内で交わされる父子の優しげな会話を包み込むBlurの“Tender”だが、そのシーンが終わると、突如曲がピッチダウンし、再び暗闇に立ち尽くす現在のソフィの姿にオーバーラップしていくのだ。巧みなモンタージュとともに、大胆な音響操作が、見るものへ不安や喪失への予感を投げかける。
