『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』は、ラッセル・クロウ主演、巨匠リドリー・スコット監督による歴史スペクタクル映画『グラディエーター』(2000年)の、実に24年越しとなる続編だ。まさか、令和の世にこの作品が蘇るとは誰も予想しなかっただろう。
もっとも前作が大ヒットを記録し、アカデミー賞の作品賞、主演男優賞をはじめとする数々の映画賞で栄冠に輝いたあとすぐに、続編を望む声は業界内であがっていたという。しかし、続編にふさわしい物語がなかなか編み出されず、おまけに前作を手がけたドリームワークス・ピクチャーズが経営難のため権利をパラマウント・ピクチャーズに売却したことで、この企画は長らく頓挫していた。
その後、パラマウントのもとで企画が動き出したのは2018年秋のこと。主人公をクロウが演じたマキシマスから、コニー・ニールセンが演じたルッシラの息子ルシアスに変更し、新たな物語が描かれると伝えられたのである。
監督として続投したのは、もちろん前作を手がけたリドリー・スコット。なぜ、あえて今『グラディエーター』の物語に再び挑んだのか。そこには、今という時代に、「映画」を通して「現実」を見つめるフィルムメイカーの視点があった。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
リドリー・スコット監督流の貴種流離譚
はじめにあらすじから説明しよう。皇帝マルクス・アウレリウスがこの世を去ってから14年、ローマ帝国は岐路に立たされていた。新たに皇帝の座に就いた若き双子ゲタ&カラカラの圧政により、民衆は夢を奪われ、帝国は没落の危機にあったのだ。「希望なき時代」が訪れるなか、それでも戦と血を求める双子皇帝の命を受けて、将軍アカシウスは北アフリカの国ヌミディアへと出兵する。
その地で愛する妻と暮らしていた青年ハンノは、兵士たちを率いてローマ軍に立ち向かう。しかし、妻は戦場で敵の矢に倒れ、自らも捕虜として拘束されてしまった。家族と故郷、仲間のすべてを失ったハンノは復讐を誓い、野心あふれる商人マクリヌスのもと、剣闘士=グラディエーターとしてコロセウム(円形闘技場)での戦いに臨む。そこで憎きアカシウスの隣に座っていたのは、彼が幼いころに別れたきりの母親ルッシラだった。ハンノの正体は、かつてローマ皇帝の跡継ぎとなるはずだったルシアスだったのである。
『グラディエーターII』は、高貴な身分にあった人物が世界をさまよいながら試練を克服してゆく「貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)」の構造をもつ。本作がややトリッキーなのは、これが前作と同じ「すべてを失った男の復讐譚」でありながら、昔は王族としての身分を保障されていた男ルシアス=ハンノが、ねじれてしまった家族との関係性のなかでアイデンティティを回復していく物語でもあるからだ。
もともと皇帝の跡継ぎだったにもかかわらず、国の危機のためにローマを離れざるをえず、家族との関係が絶えてしまった。きっと母のルッシラは自分を見捨てたにちがいない……。そうしたコンプレックスを抱え、祖国を忘れたふりをしながら生きてきたルシアスの人物像は、前作でラッセル・クロウが演じた主人公マキシマスよりも、皇帝である父親との関係に葛藤し、自らの怒りと悲しみを持て余していたコモドゥス(ホアキン・フェニックス)に近い。
監督のリドリー・スコットと脚本のデヴィッド・スカルパは、物語やキャラクター設定の随所に前作の要素やモチーフを活かしながら、それらをときに反転させ、ときにずらしながら再配置した。ルシアスの復讐相手である将軍アカシウスは単純な悪役ではなく、むしろ前作の英雄マキシマスにもっとも似た人物像だ。自身が侵略したヌミディアでは敵兵の死体を前に痛ましい表情を浮かべ、双子皇帝から次の侵略を命じられると、「若者たちが2人の虚飾のために命を捨てている。次の戦いは2人の退任が目的だ」とクーデターを計画する。
元王族で今は奴隷となったハンノ=ルシアスの視点から、侵略国ローマの暴政を描きつつ、その内部で起きている政治の実態をあぶり出す、そんな物語のキーパーソンはルシアスとアカシウス、そしてひそかに暗躍する商人マクリヌスだ。政治における権力と経済、軍事の3要素がからみあった物語は、現実に起こる戦争のメカニズムをいやおうなく想起させる。戦争と虐殺が止まらないのは、そこで利益を得ている人間がいるからだ──。