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The Pale Fountains、キム・ワイルド 、ジョン・ケイル……時代の空気を巧みに運び込む音楽
こうした「過去」を題材にした映画における二重性とその反射的(逆説的)なリアリズムは、様々な過去をあらわす意匠がほどよく虚構性をまといつつも、あくまで映画的な美への献身として機能するとき、より一層力強く立ち上がってくる。それは、ポップミュージックの使用においても同じだ。本作には、1980年代にパリの街を彩った(とされる)様々な過去のポップミュージックがふんだんに使用されている(注1)。
マチアスが友人とバイク遊びに興じるシーンにアンダースコア(注2)として流れるLloyd Cole & The Commotionsの“Rattlesnakes”、ラジオ局に職を得たエリザベートが夜明け前の道を歩くときに鳴らされるThe Pale Fountainsの“Unless”、自宅マンションの階上から流れるレコードに合わせてジュディットがおどけて歌うキム・ワイルドの“Cambodia”、タルラが一人離れ部屋で聴くTelevisionの“See No Evil”、ヴァンダの紹介によってプレイされるジョン・ケイルの“Dying On The Vine”、エリザベートらがそのビートにあわせてディスコで踊るシー・メイルの“I Wanna Discover You”、その他多数。パンクからシンセポップ、イタロディスコまで絶妙のセンスで選ばれた各曲は、それぞれのシーンの示唆するところと響き合いながら、かの時代の空気を巧みに運び込む。
ポップミュージックの映画使用における一つの王道=物語と映像へのリリックの献身も、如才なく達成されている。物語終盤、引越し前のマンションの部屋で家族とタルラが輪になって踊るシーンに流れる「家族にとって大切な曲」、国民的シャンソン歌手ジョー・ダッサンの“Et si tu n’existais pas”(もし君がいなかったら)の歌詞はこうだ。
もし君がいなかったなら、僕は誰のために存在するのだろう?
もし君がいなかったなら、絵描きが自らの指で太陽の色が生まれるのを見るように、僕は愛を創り出そうとしただろう
“Et si tu n’existais pas”

注1「過去のポップミュージックがふんだんに〜」:ポップミュージックとともに、1980年代のシンセサイザーサウンドを彷彿させるアントン・サンコによる優れたオリジナルスコアが全編で巧みな効果を発揮していることも付記しておく。
注2「アンダースコア」:劇中の登場人物には聞こえていない設定で流れる音楽。この対概念が「ソースミュージック」で、ラジオやレコード等、劇中で「実際に」流れているとされる音楽を指す。