2020年にオープンした「SILENCIO(シレンシオ)」。音楽好きの間で話題の新譜からときにはフリージャズや前衛音楽まで、幅広いレコードが流れる「珈琲とお酒と音楽の店」を、音楽評論家の柳樂光隆とともに訪ねた。連載「グッド・ミュージックに出会う場所」第9回。
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「ここには足を運ばなければ」と思わされた
行きつけの店ができてしまうと新しい店を探すモチベーションは下がる。お気に入りの店に繰り返し行くほうが満足度は高い。それでも目を引く店に出会ったら、自然と足は向くものだ。SILENCIOのInstagramを見た瞬間、ここには足を運ばなければ、と思ったのを覚えている。そして、同じころ、友人たちからもこの店を勧められた。SILENCIOは僕の周りではちょっとした話題の店だったのだ。

ポルトガル語で静寂=Silenceを意味する言葉を冠したこの店のインスタには、定期的にレコードの写真がアップされている。僕にとってそのインパクトはあまりに大きかった。ジャズとブラジル音楽が中心で、そこにロックやフォーク、ソウルやレゲエ、時々、ヒップホップやR&B、アンビエントやニューエイジ系、中には電子音楽や現代音楽も含まれるのだが、その並びがかなり独特なのだ。

どう見てもバラバラなのに、この店の志向がぼんやりと浮かび上がっている。そのディテールを説明するのは難しいのだが、雑多だけどなぜだか一貫性も感じられる、という感じだろうか。この並びを見ただけで、SILENCIOにはこの店にしかない雰囲気があることを感じ取れる。とにかく期待が膨らむようなレコードの並びなのだ。

実際に店に行くと、レコードのコレクションの雑多さとは対極にあるシンプルで洗練された内装に目を奪われる。カウンターを中心とした数席のみのとても小さな店だが、リラックスして過ごせるムードが演出されている。店内の雰囲気に溶け込むキューブ型の木製のスピーカーやドライフラワーなどによるやわらかな印象も、居心地の良さに繋がっているのだろう。置いてあるものすべてが馴染んでいて、自然に感じられる。ターンテーブルの横には、音質に定評があり、音の良さにこだわるDJが好んで使用していることでも知られているロータリーミキサーがしれっと置いてあったりもする。店内のどこを見てもすべてがさりげなく、どこか慎ましい。そして、店主の荒山さんの語り口もまた店の内装の印象そのままに穏やかで柔らかい。

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自分で聴くためのレコードコレクション
取材に伺った日、荒山さんにアイスコーヒーを淹れてもらい、カウンター越しに少し話を伺った。昔はハウスのDJをやっていてダンスミュージックのレコードをたくさん買っていたこと、DJのためのレコードよりも、自宅で聴くためのレコードをジャンル問わず買う比重が増したこと、その中でもジャズを買うことが増え、フリージャズやスピリチュアルジャズをかなり買ったことなどを控えめな口調で語ってくれた。すこし癖のあるコレクションは彼が長い時間をかけて地道に買い集めてきたものだったとわかった。

端的に言うと「リスナーが長年集めてきたレコードの集積」がインスタに載っていた、ということになる。また、「自分で聴くために集めたレコード」ということでもある。DJはクラブでかけるため、もしくは僕ら音楽ライターであれば記事を書くため、そんな感じで誰かと共有する前提でレコードを買う場合もある。飲食店なら店のBGMのため、といったところだろうか。でも、SILENCIOのレコードの多くは「ひとりで聴くため」に集められたものだったと荒山さんは語る。聴きやすいレコードもあれば、かなり実験的なレコードもある。とにかく幅広くて、面白いコレクションだと感じたのは、それがあくまで荒山さんにとっての「自分のためのレコード」だったから、なのかもしれない。

コレクションのことがもっと知りたくなったので「あのディスクガイドを読んでました?」「あのDJが選曲したコンピレーションを聴いてました?」などとあれこれ質問をしていると、そういったガイドに頼らずに、レコードのジャケットに載っている情報などを頼りに自分の嗅覚を頼りに買っていたと荒山さんは答えてくれた。文字通り自分なりに「掘っていった」結果がこのコレクションだということだ。
