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グッド・ミュージックに出会う場所

西荻窪「JUHA(ユハ)」 ジャズ喫茶でもカフェでもない、唯一無二な「喫茶店」

2024.6.24

#MUSIC

西荻窪「JUHA(ユハ)」は、ジャズ喫茶でもミュージックバーでもない、いわば「町の喫茶店」だ。しかし、ここで流れているBGMの選曲はかなり個性的で、近隣のみならず遠方から訪れるファンも多い。音楽評論家・柳樂光隆がその魅力を紐解く。連載「グッド・ミュージックに出会う場所」第8回。

JUHAは「完全に仕上がっている」

東京には僕が考える「完成度の高い店」がいくつかある。店の内装やインテリア、ドリンクのメニュー、そこに集まるお客さんの雰囲気、そして、それらにふさわしい音楽。店主が作りたい世界観、もしくは店主が心地よさを感じる理想の空間のイメージがあって、それを具現化するためにあらゆるディテイルが丁寧にデザインされている。そこには店主の好みが詰まっているのだが、それらが決して主張しすぎることなく、ひとつに調和している。この連載で紹介してきた飯田橋の「BAR MEIJIU」や渋谷の「Bar Music」はその代表格だ。

上記のふたつと並んで、僕の中で「完全に仕上がっている」と感じる店がもうひとつある。それが西荻窪駅から少し南に下ったところにある「JUHA」という名の喫茶店だ。店名はフィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの作品タイトルからとられている。

「カフェ」というよりは「喫茶店」と呼びたくなるこじんまりとした明るい店の中では、店主の大場俊輔さんが焙煎をしていて、店内はコーヒー豆のいい香りに満ちている。時折、大場さんがレコードを選び、ターンテーブルにセットし、ジャケットを所定の位置に置く。すると、深入りのコーヒーが似合う、渋い音楽が流れてくる。

唯一無二の選曲、そのマジカルな魅力

JUHAはとにかくレコードのセレクトが変わっている。そもそもここで流れている音楽は、あまり他の店ではかからないものが多い。そして、トレンドとは無縁。同じような選曲傾向の店は全く思い浮かばないし、存在しないと思う。ここのBGMは文字通り唯一無二なのだ。

その特別な選曲を説明するのはやや難しい。最も簡潔に言うなら、X(旧Twitter)のプロフィールに書いてある「ジャズや戦前ブルーズやクラシックなど音楽をレコードでかけてます」ということになるだろうが、もう少し解像度を上げてみたい。

JUHAのInstagramには、ここでかけられているレコードの写真が日々アップされている。かなり昔のアメリカ音楽、もしくはアメリカのルーツ音楽に影響を受けた音楽が多く、ジャンルでいえば、ブルース、フォーク、カントリー、ジャズ、クラシック(小編成の室内楽)が中心。戦前(=第二次世界大戦前の1945年以前)の音楽がかなり選ばれていて、古いものでは1920年代のものもある。それ以外もだいたいが1970年以前のレコードだ。

店主の大場俊輔さん。

いわゆる「ジャズ喫茶」では、基本的には戦後のジャズがかけられている。その理由のひとつにLPレコードが1948年に発売され、そのころから録音物の音質が一気に良くなったことがある。それ以前、つまりSPの時代は、どんな音源でもノイズがかなり含まれていた。ざらざらとした不鮮明な音で録音されていた上に再生するとパチパチと雑音が乗る。SPで出ていた音源をLPで再リリースした場合でも、決して鮮明な音で聴けるようになったわけではない。だから、クリアな音で聴けるLP時代(=戦後のジャズ)に慣れているリスナーにとっては、戦前のジャズは音質の面でハードルが高いものだった。そんな理由もあり、戦前の音楽が流れる店はなかなかない。

しかしJUHAでは、ジャズに限らず、ブルースやフォークからクラシックまで、戦前の音楽が日常的に流れている。でも、ここで流れていると、不鮮明な上にノイズが乗っているそれらのレコードがなぜだかさらっと聴けてしまう。むしろ、その古さに気づかないくらいに、ここではそれらがあたり前のものとして馴染んでしまっている。

ジョン・フェイヒィは、大場さんのフェイバリットミュージシャンのひとり。ジョン・フェイヒィから辿っていろいろな音楽を知ったという。

戦前のレコードに、セピアの色の写真やモノクロの映画のようなノスタルジーを見出して、ロマンティックさを感じる人もいるだろう。ただ、JUHAで流れているのは戦前の音楽だけではない。1960年代のジャズだって流れるし、1970年代のクラシックが流れることもある。にもかかわらず、時代やジャンルが異なり、録音のコンディションが異なるレコードが自然に並んでいることに、全く違和感がない。古い音楽が殊更ノスタルジックに響くのではなく、それ以降の時代のレコードと共に、JUHAの世界観を作り出しているのだ。

フレッド・アステアのようなジャズボーカルが小粋に流れていることもあれば、ジャズアンサンブルの大家クロード・ソーンヒルがムードを作っていることもある。フォーク / ブルース系ギタリストのエリザベス・コットンが軽やかに流れていることもあれば、ジャズギターのレジェンドのエディ・ラングの華麗なテクニックが鳴っていることもある。ジャズとフォークを融合したクラリネット奏者ジミー・ジュフリーが流れていることもあれば、アコースティックギターの奇才ジョン・フェイヒィが奇妙に響いていることもある。その一つひとつはどれも個性が強いのに、それらが「JUHAっぽい音楽」として溶け合ってしまうようなマジカルな魅力がここにはある。

完成された世界観は、店主の「好き」の結実だった

ところで、1990年代には、音楽愛好家がJUHAで流れているような音楽と出会える経路があった。そのひとつが、リブロポート〜アスペクトから刊行されていた『モンド・ミュージック』というディスクガイド本のシリーズだ。僕は『モンド・ミュージック』を読んで、そこで鈴木惣一郎が紹介していたフォークやブルースを聴き、細野晴臣がインタビューで語る言葉を頼りに戦前のジャズを聴いていたし、ジョン・フェイヒィやジミー・ジュフリーもあの本で知った記憶がある。

JUHA店主の大場さんは僕と同世代なので、きっと僕と同じ経路なんだろうなと思って聞いてみたら、「お客さんからも『モンド・ミュージック』や細野さん経由ですかって聞かれるんですけど、実はその辺は通ってないし、よく知らないんですよ」とまさかの答えが返ってきた。でも、驚きつつも、その答えに僕はすぐに納得していた。大場さんが自分の耳と勘と経験、そして、友人からの情報などを頼りに、自分の好みに合った音楽を集めていった結果、今、JUHAで流れているレコードが集まったと考えると、時代も文脈も異なるレコードがどれもこれもJUHAっぽいものとして聴けてしまう不思議な一貫性にも納得がいく。ここで流れているものは何かしらの文脈やトレンドではなく、「大場さんが好きなサウンド」を徹底したものなのだ。自分の「好き」にどこまでも正直である彼の志向が結実したのがJUHAということだ。

この日、取材のために開店前に伺うことができたので、僕は客のいない店内を歩きながらくまなく見まわしていた。すると、カウリスマキ映画のポスターや、ジャズに精通していた編集者の植草甚一関連のチラシに交じって、ビリー・チャイルディッシュという名前が入った絵が壁に飾ってあるのが目に留まった。ビリー・チャイルディッシュといえば、イギリスのガレージパンクの伝説的バンドTHEE HEADCOATSのフロントマン。その絵はビリーが描いたものだった。あまりにサラッと飾られているので、何年も前から来ているのに今回初めて気づいたのだった。

大場さんはもともとガレージパンクが好きで、その中でもビリーに惹かれ、詩人や画家としても活動していた彼のあらゆる表現を追いかけていたと教えてくれた。なるほど、ビリーが好きで、ガレージパンクが好きならば、そのルーツにある戦前のブルースにたどり着くのも納得だ。JUHAでは音楽に限らず、置かれたり飾られているあらゆるものが大場さんの美意識に沿って選ばれていて、それらは全て繋がっていることがわかった。だからこそ、JUHAに入った瞬間に目の前に立ち上ってくるあの独特な世界観、そして、あの完成度が生まれたのだろう。

店の壁には、ミュージシャン井手健介のポスターやチラシも。大場さんと井手さんは旧知で、実は井手さんもときどきJUHAの店番に立っている。

ちなみに大場さんはここ数年、ブルーノートレーベルのレコードをまた買い集めているとのこと。ジャズ喫茶の定番もきっとJUHAならではの感性で聴かせてくれるに違いない。

《JUHAが選ぶ5枚》

(左から)

・Penny Carson Nichols『Trinidad Seed』
・V.A.『Pioneers of the Jazz Guitar』
・V.A.『Female Country Blues Vol.1: The Twenties (1924-1928)』
・Arvo Pärt『Für Alina』
・John Fahey『The Best of John Fahey 1959-1977』

https://open.spotify.com/playlist/7fjJUv8E1hGzW89cFYAcEE

JUHA

住所:東京都杉並区西荻南2-25-4
営業時間:火~金=13:00~21:00 土・日・祝日=12:00~20:00
定休日:月
※営業時間、休業日はInstagram、Xにて要確認
https://www.instagram.com/juha_coffee/
https://x.com/juha_coffee

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