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歴史を継承し現在に接続する、老舗の理想型
この日、僕は吉久さんにいくつかのリクエストをさせてもらった。僕が「ピアノトリオを聴きたいです」と伝えると、スティーヴ・キューンの『Three Waves』(1961)をかけてくれた。名ドラマーのピート・ラロカのドラムのシンバルの音色が豊かな響きで店内に響き渡る。「新しい録音はどうですか?」と伝えると、クリスチャン・マクブライド・ニュー・ジョーンの『Prime』(2023)。トランペットとテナーサックスがものすごくパワフルに飛び込んできた。逆に吉久さんが「こんなのも相性がいいんですよ」と選んでくれたのがダニエル・ヴィジャレアル『Lados B』(2023)。ヒップホップを通過したざらっとしたプロダクションやサイケデリックな音像を心地よく聴かせるスピーカーの鳴り方に唸ってしまった。ダウンビートのサウンドシステムは様々な時代のレコードの良さを最大限に引き出していた。そして、時代もスタイルも異なるレコードが自然に繋がっていった。

吉久さんは「ジャズのことは詳しくないですよ」と謙遜するが、彼はダウンビートのレコードのコレクションの価値を誰よりも理解しているし、ここのヴィンテージのサウンドシステムがどのレコードをどんな風に再生してくれるのかを高い精度で把握している。2017年からカウンターの中でレコードをかけ続けている彼はダウンビートの空間の特性とその魅力を誰よりもわかっているのだろう。「ダウンビートという楽器」を誰よりも美しく奏でられるのが吉久さんなのだ。

それは、68年目を迎える店の歴史とその世界観をそのまま受け継いでいるからこそできることでもある。新譜に関しても、ここのコレクションに加えるのにふさわしいものが買い足されている。同時代性は取り入れながらも、時代の空気に流されていないし、ダウンビートという箱の魅力には逆らっていない。各時代の音を取り込み続けてきた「生きた音楽」としてのジャズを提示しながら、ジャズの歴史へのリスペクトも失わない。時代に合わせてブラッシュアップされているのに、同時にずっと変わらない場所として存在することもできている。現代における老舗の理想的なあり方かもしれない。

そんな場所が常連客やジャズマニアだけのもののままでいられるはずもなく、吉久さんの代になってから新たな客が立ち寄るようになった。僕にダウンビートを勧めてきたのはそんな「今のダウンビート」に魅了された新しい常連たちだったわけだ。
《ダウンビートが選ぶ5枚》
取材前日の営業でかかっていたものを挙げていただいた。

・Bill Frisell 『Rambler』
・Johnathan Blake 『Passage』
・Horace Silver 『Blowin’ The Blues Away』
・菊地雅章 『But Not For Me』
・Tete Montoliu 『Yellow Dolphin Street』
※菊地雅章 『But Not For Me』はサブスクリプションサービスにありません
店舗情報
ダウンビート
住所:神奈川県横浜市中区花咲町1-43 宮本ビル2F
営業時間:16:00〜24:00
定休日:月
http://www.yokohama-downbeat.com