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fromみらん #6(5.26)
晩ちゃんのおもてなし、シミュレーションにて堪能させてもらいました。晩ちゃんはぜんぜんもてなせてないと言うけれど、まず私が夜九時に仕事を終えてやってくるのを想定しているあたり、そのタイム感、妥当すぎて、それだけで愛おしさ膨らんだよ。私の無理強いウインクに、こたえてくれてありがとう。
家族でも恋人でもないひとと肌が触れ合うのは、ドキッとするよね。言葉ばかり交わすのに慣れていると、突然肌が触れた時、その温度、質感、あったかいようなつめたいような、、一瞬にしては感じ取るものが大きくて身も心もびっくりするかんじ。だけど、一緒の布団でもうまくねむれる? についてのアンサーは、「うまくねむれます」。
ひとつ確固たる理由があってね、慣れない場所で丸一日稼働してきているから、もうくったくたで、目を閉じればすぐ落ちる状態になってるんだわ。その間肌が触れたとしても気がつかないくらいの落ち度。こんなにも他人の家でグースピ寝ている私を横にしたら、晩ちゃんはきっと、大した女だな! と、なんだか笑えてくるはず。いろいろ気をつかわせてしまったと思うので、それからは私の寝顔で一杯やってくださいな。
こちらがさて現実になることは、あるのかないのか。そんなことより、今、現在、晩ちゃんのつかれを私はけっこう心配しているよ。心配するたびに連絡するようなことはしてないけれど。大丈夫かい。
この前、晩ちゃんがはじめて書いたという小説が発売されて、私は本屋さんに行って、買って、すぐ読んだ。晩ちゃんが私の新曲を聴いてくれて、祝ってくれるように、私も晩ちゃんを祝えるタイミングで盛大に祝いたい。自分が時間をかけて作ったもの、世に出るまでは自分だけがよしよしと持っていて、みんなの手に渡ることについて心の準備もしていて、それでもいざ放たれると、みんなが反応してくれる嬉しさはきちんとあっても、喪失感ってのがすごい。それにこの度は五月病という社会がもつ病も関係して、疲れちゃったね。ひとつまえの日記では温厚だった私も、かなりやられちゃってます。みどりの風はみどりの風でいてくれてるのに。とりあえず、ああ、だめかも。と思うたびに深呼吸をして、胸を広げて、手を広げて、ほら、イメージ、想像、怒らない。って唱えてる。するとほんとに大丈夫だったり、もっとだめになったりするから、どうしようもない。けど私は晩ちゃんを心配できる心の場所があった。良かった〜って思う。
何かひとつ、自分の中で区切りがついた時、パッと花が咲かないのは、きっとまだまだ自分にやれることがあるって、そういうふうに希望をもてたら、いいよね。いいんだけどね。無理なんか、絶対にせず。また今度、遊ぶ約束をしよう! 私はもうちょっと、大阪で頑張ります。

