2024年、細野晴臣の音楽活動55周年を祝福するように世に放たれたカバーアルバム『HOSONO HOUSE COVERS』。NiEWでは、13組のミュージシャンたちによって新たな生命が吹き込まれたカバー集と、その原典『HOSONO HOUSE』にまつわる短期連載を始動する。
1人目の書き手は、トラックメイカーとしても活動するライターの小鉄昇一郎。『HOSONO HOUSE』の音楽と背景を改めて再訪し、『HOSONO HOUSE COVERS』が提示しているものについて考える。
【編集部より】本連載、および本記事は昨年末に執筆・制作されたものです。2025年1月、数十万人の被災者を出した米カリフォルニア州・ロサンゼルスの大規模な山火事で、『HOSONO HOUSE COVERS』の共同プロデュースを手がけた「Stones Throw Records」をはじめとするLAの音楽コミュニティーは大きな被害を受けました。本作に参加したジョン・キャロル・カービーも被害にあった旨をSNSで報告しています。被災された方々に心からお悔やみ申し上げます。
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『HOSONO HOUSE COVERS』が照射する、細野晴臣の過去・現在・未来
膨大な過去の記録(レコード)を刻んで新たな作品を作り出すKnxwledgeやJ Dilla、80’sサウンドリバイバルの先鋒となったDam-Funkやジェームズ・パンツ、存在しない「昨日」を奏でるMadlibによるYesterdays New Quintet……「Stones Throw Records」は常に、先駆者が残した音楽的レガシーに敬意を払い、「過去」と対峙してきたレーベルだ。
それは単なる逃避や後退ではない。過去の分岐点を振り返り、あり得たかも知れない未来を参照しながら、そこに今・現在のテクノロジーや価値観をアダプトすることで、新しい音楽を生み出す——「Stones Throw」が、今、あの細野晴臣と合流するのは、意外なようで、当然の帰結にも思える(※)。
※編注:『HOSONO HOUSE COVERS』は、「Stones Throw Records」とともに日本の「Bayon production」「カクバリズム」がプロデュースに参加している
多種多様なポップミュージックの最良の部分を掴み取ったかのような細野晴臣のディスコグラフィーは、20世紀の音楽史をコマ送りに見ているかのようなスケールを感じさせる。終戦直後のこの国に生まれた一人の日本人としての眼差し、英米からやって来る文化への憧れと屈折、その対処法としてのユーモアに満ちた音楽は、単なるトレンドの縮小再生産ではない。「細野晴臣の音楽」がそこにはある。
中でも『HOSONO HOUSE』(1973年)は最初のソロアルバムとして、後の作風のすべての基準点となった重要な作品だ。特に近年は、リメイクとなる『HOCHONO HOUSE』(2019年)のリリースもあり、細野晴臣自身にとっても、また国内の音楽ファンにとっても、再考のタイミングとなっていると言えるだろう。
極めてオリジナルな存在感を放っている細野晴臣の音楽も、突然変異的に、ゼロから生み出されたわけではない。『HOSONO HOUSE』にもまた、さまざまな影響源がある。
細野晴臣は自身の著作をはじめ、北中正和『細野晴臣インタビュー THE ENDLESS TALKING』、門間雄介『細野晴臣と彼らの時代』など、多くの書籍を通じて自らの影響源を度々開陳しているミュージシャンでもある。本人からの提示を参考にしつつ、『HOSONO HOUSE』がどのように形作られたのかを、かいつまんで見てみよう。

1947年東京生まれ。音楽家。1969年、エイプリル・フールでデビュー。1970年、はっぴいえんど結成。1973年ソロ活動を開始、同時にティン・パン・アレーとしても活動。1978年、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント、エレクトロニカを探求、作曲・プロデュース・映画音楽など多岐にわたり活動。2019年に音楽活動50周年を迎え、同年3月に1stソロアルバム『HOSONO HOUSE』を自ら再構築したアルバム『HOCHONO HOUSE』を発表した。音楽活動55周年を迎えた2024年、13組によるカバーアルバム『HOSONO HOUSE COVERS』が発表された。
(ちなみに、細野晴臣は、自分はなぜこんなにも度々インタビューされるのか、という疑問に対して、自身が「戦後の第一世代であること」が理由ではないかと『THE ENDLESS TALKING』では語っている。細野晴臣と同じく、この十数年で急速に「サブカルチャーの『ご本尊」」化されつつあるタモリもまた、2歳違いの戦後第一世代だ。世代論で括るには共にあまりにも突出した存在ではあるものの、両者の比較は戦後カルチャー史としてかなり興味深いのではないだろうか)
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『HOSONO HOUSE』の源流。失われつつあった「風街」、狭山「アメリカ村」での制作
例えば“住所不定無職低収入”では、Dr. Johnに代表される陽気なニューオリンズのファンク。“ろっかばいまいべいびい”では1930年代のポピュラー音楽やハリウッド音楽に対する追憶。“相合傘”のファンクネスや“薔薇と野獣”“福は内 鬼は外”における16ビートとローズピアノは、Sly & The Family Stoneやビリー・プレストンに代表される同時代のファンクやR&Bの影響も大きい。
いずれの曲にも当てはまるが、低音のボーカルについてはジェイムス・テイラーの歌い方を意識していたことを、細野は度々公言している。ヴァン・ダイク・パークスやLittle Feat、The Band、Buffalo Springfield、Moby Grapeといった同時代のアメリカのロックもまた、はっぴいえんど時代から常に、細野に影響を与え続けている存在だ。
また『HOSONO HOUSE』が埼玉県狭山市の住宅地、通称「アメリカ村」の細野の自宅(当時)で録音されたのは有名な話だが、そのロケーションも、重要な影響源となっている。ジョンソン基地を中心とする、米軍将校たちのかつての居住地は、格安の市営物件となり、異国の文化に憧れる日本人が集っていた。
その中には吉田美奈子、小坂忠、岡田徹(ムーンライダーズ)といったミュージシャンをはじめ、WORK SHOP MU!!(奥村靫正や立花ハジメが所属したデザインチーム)が事務所を構えるなど、クリエイティブな才能を持った若者たちも含まれる。
公害、オイルショック、経済成長の停滞……「風街」(※)がいよいよ完全に失われはじめた波乱の1970年代の東京を抜け出し、朝から晩までアーティスト仲間と米軍ハウスで過ごす日々。『HOSONO HOUSE』の時代から浮遊したムードは、この特殊な制作環境が大きいだろう。
※編注:「風街」は、はっぴいえんどのドラムで、同バンドの多くの詞を手がけた松本隆が青春時代を過ごした青山・渋谷・麻布界隈の原風景のことを指しているとされる。松本は自ら描こうとした「風街」について、以下のように説明する。「ぼくは現在見慣れてしまった霞町の街景に、幼年時代の異邦の感じ、つまり見知らぬ街を視ようとしたし、逆に今では見知らぬ風景と化した青山に見慣れた風景を幻視しようとした。そしてその逆説的な二つの試みが、丁度交錯する点、それを希求し、描こうとしたのだ」——『風街詩人』(1986年、新潮社)収録「なぜ「風街」なのか」より
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『HOSONO HOUSE』という「音楽的レガシー」に未来を聴く
このようにさまざまな影響源のもとに作られた、多様なスタイルが入り混じった『HOSONO HOUSE』を原典とした『HOSONO HOUSE COVER』は、それ以上に幅広いスタイルが集っている。
前述の楽曲群で言えば“住所不定無職低収入”はmei eharaバンドによるカバーで、原曲の粘ったリズムをDAWで整理したかのように、スクウェアでモダンなファンクに。
ジェリー・ペイパーによる“薔薇と野獣”はチルウェイヴ / ヴェイパーウェイヴ以降のベッドルームミュージックの感性で、元祖「宅録音楽」としての『HOSONO HOUSE』を逆照射する。
フランク・オーシャンやハリー・スタイルからも信頼される気鋭のキーボーディストであるジョン・キャロル・カービィの“福は内 鬼は外”は、水原姉妹のヘーシ(「イーヤーサーサー」のかけ声)も飛び出す21世紀のソイソースミュージックへ。
そして世代は違えど、古くから細野晴臣という人物を深く知る矢野顕子とTOWA TEIによる“ろっかばいまいべいびい”“相合傘”は、いずれも「ピアノ弾き語り」「コラージュ / サンプリング」という、最も当人らしいストレートな表現手法を選んでいる点も興味深い。
自分自身が作ったオリジナルな音楽だと思ったものも、似たようなメロディーなりリズムなりは、既に民族音楽や古典の中に存在している。だからといって「新しいものなど、もう作る余地は残っていない」と絶望する必要はない。ものを作るということは、過去から伝承されたものに敬意を払いつつ、そこに自分のサインを加えた後、それをまた次の世代に受け渡すことである……細野晴臣は、音楽のオリジナリティーについて、度々このように語っている。
折衷的な『HOSONO HOUSE』が、時代と国境を越えて、さらに折衷的で多様な音楽の入口となるであろう『HOSONO HOUSE COVER』を生み出した。両者を聴き比べれば、耳に優しいメロディーと陽気なリズムの向こう側に、広くて深い音楽的スペクタクルが、確かに存在していることが、感じられるのではないだろうか。

▼参考文献
細野晴臣『アンビエント・ドライヴァー』(文庫版は2016年、筑摩書房)
細野晴臣、鈴木惣一朗『細野晴臣分福茶釜』(文庫版は2011年、平凡社)
鈴木惣一朗『細野晴臣 とまっていた時計がまたうごきはじめた』(2014年、平凡社)
北中正和『細野晴臣インタビュー THE ENDLESS TALKING』(2005年、平凡社)
門間雄介『細野晴臣と彼らの時代』(2020年、文藝春秋)
『HOSONO HOUSE COVERS』(LP)

2024年11月6日(水)発売
価格:5,500円(税込)
HHKB-001
[SIDE A]
1.相合傘 / TOWA TEI
2.福は内 鬼は外 / John Carroll Kirby feat. The Mizuhara Sisters
3.住所不定無職低収入 / mei ehara
4.CHOO CHOO ガタゴト / くくく(原田郁子&角銅真実)
5.冬越え / 安部勇磨
6.僕は一寸 / Mac DeMarco
[SIDE B]
1.恋は桃色 / Sam Gendel
2.終りの季節 / rei harakami
3.薔薇と野獣 / Cornelius
4.パーティー / SE SO NEON
5.ろっかばいまいべいびい / 矢野顕子
https://hosonohouse.lnk.to/COVERS
https://hosonohouse-cover.com/