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アートは身の回りに一つ変革を起こすようなこと
─haru.さんのこれまでのアートとの接点についてお聞きしたいです。
haru.:父が絵描きで、母が美術史の研究者なので、作ることやアートの存在は、子どもの頃から身近でした。
─美術館やギャラリーに行く機会も多かったですか?
haru.:母の研究についていくことが多くて、私の中で旅行といえば美術館に行くことだったんです。だから大人になってから、みんながいわゆる観光をしたり、リゾートで太陽を浴びたりするのがすごく不思議でした(笑)。そういう風に時間を使ってもいいんだという驚きがあって。
─高校生の頃、ドイツに留学されていますが、そのときはアートを観に行くことはありましたか?
haru.:美術館や『ドクメンタ』(※)、ヨーゼフ・ボイスが教えていた学校の展示など、頻繁に通っていました。生活とアートがかなり密接で、美術館にも無料で行けるタイミングが多かったりして、ドイツではアートが日常の中に割と入り込んでいたようには思います。
※編注:ドイツのカッセルで5年に1度開催される、世界最大級の現代アートの祭典。
─日本では、アートが生活とは遠く、無関係なものと感じている人も多いのではと思います。どうしたらもっと身近なものになるでしょう?

haru.:ホワイトキューブの中にあるものだけがアート作品だと思ってしまったり、なんだか難しいことを言われてる気がして、自分はアートを観る目を持っていないとか、わからないと感じることって多いですよね。私も展示を観て、よくわからないなと思うことがあります。でも、アートから影響を受けて、世界の見え方や生活の中で選ぶものが変わったり、人と会話をするときにいままでとは違う言葉を使うようになったり、知らなかった自分に戻れない感覚になることもあると思います。アートは、そうやって一つ変革を起こすようなことだと思っていて。アーティストたちの中には、そういうことがしたいと思っている人もいるということが、伝わっていくといいのかなと思います。
村上由鶴さんの『アートとフェミニズムは誰のもの?』という、入門にぴったりな本があって、周りの友人たちも読んだあと、作品の見方の幅が広がったと言っていました。あとはやっぱり、アーティストも、アートの周りにいる人たちも、偉そうにしちゃだめだなと思います。
─権威的な空気を感じると、気軽に近づき難いですよね。
haru.:そうなんです。私はボイスの「私たちはみんなアーティストである」という考え方にすごく影響を受けていて、必ずしも作品を作らなくても、日々の選択や、自分が社会を作っていく一員であるという自覚を持つだけでも、未来は変えられるんじゃないかなと思うんです。だから権威的だったり、閉じてしまうのはよくないですね。

─もともとジェンダーやセクシュアリティをテーマにしたアーティストに興味をお持ちだそうですが、そうしたテーマに関心を持つようになったのはなぜですか。
haru.:10代の頃は、自分が女性であることを意識していなかったし、そのことをあまり受け入れたくなかったんです。体の変化や、女性として見られたり扱われることに対して、抗おうとしていて。だから、女性の体を扱った作品や、女性性を感じるものがすごく苦手でした。いま思うと多分恐怖感だったんだろうなって。

─さきほども話にあがったように、歴史的に女性の体はアートの中で客体として描かれてきた経緯もありますね。
haru.:アート作品の中には女性が裸で描かれているものも多いし、それが男性の作家が作ったものであることも多くて、ずっとまなざされる存在だったんだなと感じます。だから、自分が主体性を持った存在であることを表現する女性のアーティストたちの活動は、すごく気になります。
私が通っていた大学では、途中から学年の担当教授から女性が1人もいなくなってしまって。男性の教授たちに、もっとジェンダーのことを学んだり、関連する作品に触れる機会がほしいと言ったときも、あまりきちんとした反応が返ってこなかったんです。そういう経験から感じたことや、女性のアーティストや表現者たちがトップにいないこと、頑張っている友人たちの努力も報われないのかなと思ったときの悔しさは自分にとってすごく切実だし、サポートしたい気持ちがあります。だからこそ、ブルジョワさんのような先駆者たちがどういう風に道を切り拓いてきたのかを知っていきたいです。
『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』会場:森美術館

Photo by Christopher Burke. © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, courtesy Mori Art Museum.
20世紀の最重要アーティストの一人、ルイーズ・ブルジョワ(1911–2010)の、国内最大規模の個展。ブルジョワは70年にわたるキャリアの中で、様々なメディアを用いて、男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった二項対立に潜む緊張関係を探求し、その比類なき造形力で作中に共存させてきた。彼女は自身が幼少期に経験した、複雑で、ときにトラウマ的な出来事の記憶や感情を普遍的なモチーフへと昇華させ、希望と恐怖、不安と安らぎ、罪悪感と償い、緊張と解放など、相反する感情や心理状態を表現する。また、こうした作品はフェミニズムの文脈でも高く評価されてきた。本展では約100作品(うち約半数は日本初公開)、3章構成でこの稀代のアーティストの全貌に迫る。逆境を生き抜いたひとりのアーティストによる生への強い意志を宿す作品群は、今日の人類が直面する苦しみを克服するヒントを与えてくれるだろう。
会期:2024年9月25日(水)~ 2025年1月19日(日)
住所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
URL:https://www.mori.art.museum/jp/index.html