10月31日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて2週間限定で公開される映画『鳥を導く』のアザービジュアルと推薦コメントが公開された。
尾崎健監督の長編2作目である同作は、広告音楽の制作でスランプに陥った主人公・晴太(稲川悟史)が、幼少期に過ごした山奥のペンションで鳥の鳴き声に魅了され、フィールドレコーディングに没頭していく姿を描くもの。ろう者の姉・あずみ(田中志朋)との再会を通じて、彼が自然や自己と向き合うプロセスが静かに紡がれている。
映画監督の呉美保が「ただ身を委ねたくなる映画」と評し、音楽家の蓮沼執太や映画監督の伊藤高志など、9名から推薦コメントが寄せられた同作。なぜこれほど作り手たちの心をつかんだのだろうか。この「効率と消費のシステム(広告業界)からのドロップアウト」という物語は、実は同作の特異な制作プロセスとも重なっている。まずは物語の側(ガワ)から見ていきたい。

広告音楽とは、15秒や30秒という短い尺の中に、商品の意味や感情を隙間なく詰め込む、効率的に最適化された音のパッケージ。物語の発端で晴太がつまずくのは、皮肉にも「自由に音楽を作ってほしい」という依頼だ。尺も用途も決められた音楽を作り続けてきた彼は、制約を外された途端、自分が納得できる音を見つけられなくなってしまう。晴太が陥ったスランプとは、単なる才能の枯渇というより、「意味」を強制する効率的なシステムへの精神的な疲弊として描かれているのではないか。
だからこそ彼は、BPMや曲の長さ、そして「意味」から解放された、コントロール不可能な自然のノイズである鳥の鳴き声に魅了されていく。これは、情報過多なシステムに対し自然に立ち返るという、彼なりの「初期化作業」として機能しているようである。

物語の次に注目したいのは、同作の制作過程だ。通常、映画で「音楽家」をはじめとする「専門技術を持つ人物」を描く場合、役作りの効率が優先される。数週間の練習で「それっぽく見せる演技」を作り上げ、手元のクローズアップや編集、あるいはアフレコといった映画的な「嘘」で繋ぎ合わせるのが一般的なセオリー。
興味深いのは、同作の制作陣がその効率的なセオリーを放棄している点。出演者を当て書きするのではなく、俳優が「これまで学ぶことのなかった技術」を体得し、それを作品へと昇華させることをテーマに設定して制作が進められたのだ。同作が初主演となる稲川悟史は「音楽」、田中志朋は「手話」の習得に、映画の完成までの3年という制作期間を費やしている。これは、「演じる」というフィクションの前提を解体し、俳優の肉体が実際に技術を獲得していくプロセスそのものをフィルムに定着させるという、実験的かつドキュメンタリー的なアプローチといえるだろう。

この3年間に及ぶ「非効率なプロセス」は何をもたらしたのか。それは、スクリーンに映し出される身体性のリアリティにほかならない。
著名人たちのコメントからも、その成果が読み取れる。映画監督の蘇鈺淳が「初めて手話を習ってみたいと思いました」と語り、しどろもどリの福岡佐和子が「意味や音をとびこえていく(中略)ボディランゲージ」と評価している事実。表面的な演技のトレースではなく、3年かけて感覚に馴染ませた「実際の動き」だからこそ、鑑賞者にフィジカルな説得力をもたらしているのだろう。
広告音楽という「効率的な消費」に疲弊した主人公。そして、映画づくりにおける「効率的な嘘」を拒絶し、3年をかけて技術を体得した俳優たち。映画『鳥を導く』は、物語のテーマと現実の制作構造が重なり合った作品に仕上がっている。
タイパ(タイムパフォーマンス)を重視し、コンテンツが倍速で消費される現代。自然の音が響き渡る静かな78分間は、私たちが失いつつある「非効率な時間」の尊さを、確かな説得力とともに提示してくれるのだ。

呉美保(映画監督) コメント
⼀つひとつの画が、森の緑と相まって四隅まで美しい。ホン・サンス監督を思わせる、何気ない会話や沈黙の積み重ねから、それぞれの⼈となりや関係性が少しずつ浮かび上がってくる。柔らかな眼差しに、ただ⾝を委ねたくなる映画でした。
蓮沼執太(⾳楽家) コメント
その⾳は、⾔葉をこえて、意味が剥がれて、世界と交わっていく姿。現代の「未知との遭遇」とも⾔える、⿃との邂逅シーン。晴太のサンプラーから世界に放出された声は、⿃を導く。その姿勢はオリヴィエ・メシアンやオノ・ヨーコ達を思い出しました。
伊藤⾼志(映画監督) コメント
説明を極⼒排した静謐なショットの中で、登場⼈物たちの複雑で曖昧な⼼の交換が⾏われていくが、切実な孤独感がじんわりと伝わってきていい知れぬ感動を呼び起こす。セリフではなく映像で語るという強い信念がこの監督にはあり今後の活躍を期待したい。
⼩川紗良(⽂筆家・映像作家・俳優) コメント
⾒失ってしまったものを、探しに⾏きたくなる映画。やわらかな⽊漏れ⽇、草⽊の匂い、⼩⿃のさえずり……そういったものに触れたときの素朴な感動を、思い出させてくれる。
⼭⻄⻯⽮(映画監督・劇作家) コメント
連なる⼭々の緑の下、響く⾃然の⾳と、無意識にこぼれる⽣活⾳。私たちが暮らしの中で忘れてしまった細やかな尊さが、主演・稲川悟史が⽿を澄ますたび、スクリーンを通して語りかけてくる。忙しない現実を⽣きていくための深呼吸のような、静かで豊かな78分。
⼯藤梨穂(映画監督) コメント
『幸せの⻘い⿃』の如く、森でそれぞれ求めるものを探す姉弟。「発⾒」を模索する彼らを通して描かれる⼈や⿃とのコミュニケーションに、相⼿を⾒つけようとする/相⼿に⾃分を⾒つけてもらう⾏為が、いかにこの世界へ誰かを繋ぎ⽌めるか、⽇常へ再接続するか、その可能性を⾒せてもらえた気がしました。過去を再現することはできないけど⼈⽣を再⽣することはできると私たちの背中を静かに押してくれるような映画です。
蘇鈺淳(映画監督) コメント
⾳楽、⾔葉、⼿話、「⾳」とは何なのか、「コミュニケーション」とは何なのかを考えさせられる映画でした。⼿話を使った映画はこれまでも観てきましたが、『⿃を導く』の稲川悟史さんの⼿話を⾒て、初めて⼿話を習ってみたいと思いました。
福岡佐和⼦(しどろもどリ) コメント
主⼈公の晴太に⾃分が重なり、⾃然の中で晴太が、体操としてジャンプするみたいに張りつめた中で気を抜きながら正直に⾃⾝の調和をしていく姿に、私まで徐々に整っていくような感覚になる。そして、意味や⾳をとびこえていく、加納⼟さん演じる太⼀のボディランゲージ、存在が最⾼!
はまださつき(しどろもどリ) コメント
登場人物たちの愛おしさと森の空気といびきの音が私の脳をそっと健やかにしてくれた。
そりゃうまくいくのが一番なんだけど、どうしようもないとき、それに耳を傾けるしかないときがある。
それで何かがすっと解決したりはしないんだけど、でも耳を傾け続けることで、いつか大丈夫な瞬間に気付く準備だけはできるはずだ。
映画『鳥を導く』

10月31日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて2週間限定上映
稲川悟史 田中志朋
加納土 鈴木睦美 山中志歩 富川一人
監督・脚本 尾崎健
プロデューサー 尾崎健 原恭士郎
撮影・照明 山内俊介 録音・整音 五十嵐猛吏 編集 杉林睦
音楽 ノウミアキラ らすてぃー 監督補佐 植木咲楽
2024年/78分/日本 Ⓒ『鳥を導く』