2024年夏、チャーリー・XCXの大ヒットアルバム『BRAT』が巻き起こした旋風は、エンタメ界を飛び越えて社会現象となった。
そもそも彼女にとってbrat(悪ガキ)とは、自身の欠点やエゴをありのままに晒け出すという、極めてパーソナルなマインドセットに過ぎない。しかし、チャーリー自身が好意的に発した「kamala IS brat」という投稿に米大統領選のカマラ・ハリス陣営が即座に乗っかり、公式SNSをあの象徴的なライムグリーンに染め上げるなど、ブームは国家レベルにまで波及する。
それは同時に、アンダーグラウンドな精神から生まれたミームが、本人のコントロールを超えてあらゆる企業や巨大なシステムに大々的に消費されていくこと。だからこそ現実のチャーリーは「goodbye forever brat summer」とSNSで自ら終焉を宣言した。

映画『the moment/ザ・モーメント』は、そんな現実とは裏腹に、あの熱狂が「もしも永遠に続いてしまったら?」を映し出す反実仮想のフェイクドキュメンタリー。ビジネスサイドが本人の意思を無視し、終わるに終われないプロモーションを強要し続ける、歪んだ世界線が描かれる。現実のブームが去った2026年というタイミングでの公開が、劇中における「終わらないお祭り騒ぎ」のいたたまれなさを、より生々しく体感させるのだ。
そして、この地獄のような状況をさらに加速させるのが、アレクサンダー・スカルスガルド演じる演出家ヨハネス。チャーリーの美学を1ミリも理解していない彼は、ライブの構想をことごとく的外れな方向へとねじ曲げていく。その無自覚なクラッシャーぶりは爆笑を誘うコメディでありながら、同時にアーティストから主導権がじわじわと剥奪されていくホラーでもある。
こうしたホラーの根底にあるのは、さらなる商業的成功を強要する、エンタメ業界のえげつないプレッシャー。人気俳優が突如ヒップホップ歌手への転身を図った『容疑者、ホアキン・フェニックス』が、「狂気へと落ちていくスターの奇行」を世間に信じ込ませたのに対して、同作は「消費されるポップアイコンの苦悩」をあえて虚構に包んで提示する。劇中のチャーリーは、クレジットカードの宣伝に担ぎ出され、動く広告塔にさせられていくのだ。

同作で胸を打つのは、チャーリー自身が「美しく完璧なポップスター」としてスクリーンに映ることを完全に放棄していること。自らの醜いエゴや剥き出しの葛藤を隠すことなく、プレッシャーに苛まれる生身の人間を露わにする。その泥臭い覚悟があるからこそ、同作は単なるファン向けの内輪ネタに終わらない。
芸術とビジネスの境界線で引き裂かれながら、自らをポップカルチャーの踏み絵にしてみせたチャーリー・XCX。『the moment/ザ・モーメント』は、システムに抗う彼女の痛烈な反逆であり、計算し尽くされた極上の文化批評なのだ。
映画『the moment/ザ・モーメント』

6月5日(金)渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
【STORY】
「スターの賞味期限を延ばすには‥?」 音楽、ファッションのジャンルを超越した“時代のアイコン”・チャーリーxcx が暴く<笑えるほど波乱な ショービジネスの裏側>。 2024 年、アルバム「brat(ブラット)」で世界を熱狂させ、“ブラット・サマー”と呼ばれる社会現象を巻き起こした、ポップスター・チャーリーxcx。大胆で媚びない彼女は、日々自分らしさを追い求めていた。ところが、マネージャーや SNS 担当、音楽レーベルは、「ブラット・サマー・フォーエバー」を合言葉に、このムーブメントを、無理やり延命させようとする。やがて Amazon を出資につけた「ブラット」のライブ映像配信のプロジェクトが始動。突如現れたライブの演出家は、チャーリーの表現に理解を示さず、ティンカーベルのような衣装を着させ天井から吊るす演出を提案。炎の演出など派手な仕掛けを次々と重ね、彼女を“ベタなスター像”へと押し込めていく…。一方音楽レーベルは、「brat」の文字があしらったクレジットカードの大規模キャンペーンを画策。
多忙を極めたチャーリーは、ライブまであと数日というタイミングで、イビサ島へバカンスに行ってしまい、いよいよ現場はパニックに…。
監督:エイダン・ザミリ
出演:チャーリーxcx、アレクサンダー・スカルスガルド、ロザンナ・アークエット、カイリー・ジェンナー
2026/アメリカ/原題:The Moment/上映時間:103 分/字幕翻訳:田口絵里/配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2026 Rights By Lloyd LLC. All Rights Reserved.