2024年、彼女は劇場をジャックした。
山本奈衣瑠。『第81回ヴェネチア国際映画祭』ヴェニス・デイズ部門のオープニング作品に選ばれた『SUPER HAPPY FOREVER』は現在に至るまでロングランヒットを続け、11月には主演映画『ココでのはなし』と、加部亜門とW主演の『夜のまにまに』が公開されるなど、今年1年で6作もの出演作が世に出るという破竹の勢い。若手の監督に頼られ、今やインディーズ映画界のミューズとなっている。
思い返せば、彼女が突如スクリーンに登場したのは、2020年今泉力哉監督の『猫は逃げた』だった。その気取らない立ち居振る舞いは、身近に接すると厄介そうだけど、近くにいたら友達になりたいという絶妙な説得力をまとっていた。今年の下半期に公開される作品でも、出会った男性たちの人生を確実に変えてしまうけれど悪意がない、自然体のファムファタルを演じている。山本奈衣瑠が今なぜ、求められているのか、本人に話を聞いた。
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「過去に得た時間が、次の時間を呼んでくれた」
―今年の山本さんの映画公開作が6作で、うち、4作が主演映画という尋常じゃない活躍ぶりです。特に2024年の下半期は毎月作品が公開され、劇場ジャックといってもいい状況になっています。こういう素晴らしい1年になったのは、どういう経緯なのでしょうか?
山本:こうやって並べてみると、同じ時期に、まとまって声がかかっての状況に見えるんですけど、もちろんそうじゃなくて。それぞれ撮影時期はばらばらで、オーディション会場に自ら行き、自分の足で向かった先にあった出会いです。『夜のまにまに』も『冬物語』もオーディションを受けてのキャスティングでした。
―今も公開が続いている『SUPER HAPPY FOREVER』は、ある男性が5年前に出会った女性との記憶をなぞるようにリゾート地に親友と再訪問する話で、山本さんはその女性、凪を演じています。五十嵐耕平監督に聞くと、企画、脚本づくりから参加していた親友の宮田役の宮田佳典さんが推薦したと聞きましたが。
山本:宮田くんが、『走れない人の走り方』の上映を見に来てくれたとき、たまたま映画館で隣の席に座ったんです。その時、宮田君が横にいる私や服装を見ていたそうで、劇中の設定である「赤い帽子が似合いそうな人」という凪の佇まいを感じ取ってくれたみたいで。それで現場に呼んでもらいました。
―11月22日(金)から公開される磯部鉄平監督の『夜のまにまに』では、大学にも行っていない、就職もしていない主人公の新平が24、5歳くらいの設定なので、彼が同じバイト先で知り合う女性として2歳上あたりを想定していたところ、山本さんがオーディションに現れたので、思い切って男性も女性も年齢の設定を上げたと聞きました。
山本:え! そうなんですか。それは知らなかった。
―監督の当初のプランを変えさせるなんてすばらしいことですね。こささりょうま監督の『ココでのはなし』では、東京都内のゲストハウス「ココ」で、住み込みバイトとして働く詩子を演じています。
山本:私は2020年の今泉力哉監督の『猫は逃げた』に出演する前はモデルの仕事がメインで、映像はミュージックビデオに出るくらいだったんですね。その私がまだ映画の世界に全く入り込んでいない時期に、こささ監督とご一緒して、「僕、次は映画を撮ろうと思っているんです、そのときにぜひ一緒にやりたいと思っています」と言ってくれて。ただ、そのときは、「そういうの、みなさん言うからなあ、多分実現しないんだろうなあ」と思っていたんですけど(笑)、本当にそのデビューの企画が実現し、脚本が送られてきたのがきっかけです。でも、オーディションは受けました。
山本:そのときは『猫は逃げた』に出る前で、俳優として自分の経験として見せられるものがなかったし、どういう芝居をするのかを見ていただく過去作もなかったので。無の状態の人間を、長編初作品の主演にするって難しいことだし、周囲の大人も心配すると思ったので、オーディションに参加させてもらいました。そこで見てもらった結果、皆さんが大丈夫でしょうって思ってくれたみたいです。
―12月公開の『冬物語』は、松浦祐也さん演じる主人公の設定が「青森県弘前市で暮らす報われない脚本家」で、東京から来たグラフィックデザイナーの山本さん演じる大島と出会い、1日雪の弘前をガイドするという、男性からすると弘前版『ローマの休日』みたいな物語ですが、こちらの出演経緯は?
山本:『冬物語』の奥野俊作監督は、『猫は逃げた』を観て気になってくれたみたいです。『猫は逃げた』はオーディションで得た役ですが、オーディションって自分が巡り合わせで得た運とか、関係性だけじゃなく、監督、スタッフ方のパワーも関係していると思う。出会えた場所がまた次を繋いでくれて、結果、今の環境があるって思っているので、今、出演作の公開が続いていることを周りからすごく褒めてもらって「どういう気分?」って言われても、それは過去に得た時間が、次の時間を呼んでくれたのかなって感じています。
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ファムファタルでも、悪女にはなりたくない
―面白いのは、山本さんが演じる役柄は、彼女と出会うことで男性の日常をがらりと変えてしまうという点で、ファムファタル(運命の女)には違いないんですけど、悪女ではない。『SUPER HAPPY FOREVER』の凪も、『夜のまにまに』の佳純も、『冬物語』の大島も悪意はなく、むしろ男性側の好意を素直に受け入れる地に足の着いた女性なんですけど、でも、彼らの運命を劇的に変えてしまう。触媒みたいな役が続いていることをどう感じていますか?
山本:わっ、今、聞いていてなるほど、すごいって思っちゃいました(笑)。私は、俯瞰で物事を見るまで結構な時間がかかる人間で、自分が演じた役に対しても、あの子、ああいう面白い子だったよね、って外からの目で分析するのは撮影が終わってからだったりもします。自分の思うがままの性格で演じていて、こういうインタビューで出演作を語るときも、自分の記憶に近い感覚として残っていることを話すので、演じている間、登場人物の男性陣を振り回しているつもりは全然ないんです。むしろ、映画の中ではまっすぐに生きています。
―なるほど! 私は自分が30代だったときに、同世代の女性としての感覚を共有できる山本さんの出演作を見たかったなあとここ最近、ずっと感じているのですが、ご自身がまとっている同時代性についてはどう感じていらっしゃいますか?
山本:先ほどの話に近いですけど、何を演じても自分っぽさが出ちゃうから、イコール、今の時代と今の環境を生きている一人の女であるという時代性みたいなものが出るんだと思います。私はうまく感情をコントロールするのが上手なタイプじゃないと思うし、同時に脚本を読んだとき、これは役柄の設定だけじゃなく、私自分もする行動だと留意する部分や、ここは自覚をもって演じたいという部分に目が行くから、格別意識しているわけじゃないけど、そこが演技として表に出てしまうんだと思います。ただ、女性が主演の映画は増えていますが、異性の脚本家と監督がやりたいビジョンがもちろんメインにあるわけで。
山本:先程、ファムファタルのポジションの設定が多いと聞いて面白いなと思ったんですけど、私は女が何かのきっかけで男性の人生を暗転させるだけのポジションには陥りたくないし、そう見えるような演じ方はしたくないかな。悪い女に見えるような演じ方をしようと思えばできるような作品があるじゃないですか。でも、今の私は、それはしたくない。撮影が終わって、気づいてみれば、確かに悪女の要素はあったかも、と思うのならいいけど、脚本をもらった時に、この人ははなから悪女であるというふうには決めつけたくないというか。多分、日常で私が普段から気を付けたり、関心があるポイントに力点を置くから、悪女の表現にはならないってことなのかな。
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フリーマガジン編集長として。「自分より年下の世代に、なるべくいい種を渡したい」
―モデルとしてのキャリアからスタートして、20代後半から俳優の仕事が増える中、『EA magazine』(※)の編集長をされて、ご自身の関心ごとの発信も積極的にさているじゃないですか? リアルタイムで、レスポンス早く、自分からの発信にトライされている意図は?
※『EA magazine(エア マガジン)』:山本奈衣瑠が自ら創刊し、編集長も務めるフリーマガジンで、社会のあらゆる課題や問題を考えるきっかけ作りを目指している。これまでkemioやギャル雑誌『姉 ageha』編集長の小泉麻理香、小袋成彬などが登場した。
山本:自分より年下の世代に、なるべくいい種を渡したいっていう気持ちがあります。私からの一言だったり、書く文章で、なるべく多くの方に届くポジションに今いるのであれば、うまく使いたいと思うんです。社会を変えるためとか、そういう目的があるわけじゃなく、自分が若い時間を生きているときに、これが足りなかったというものについてすごく自覚しているから。その時、必要なことを教えてくれなかった大人たちや環境が残念ながらあるっていうこともすごく感じています。
知識を得たり、自分が変わったり、発展するきっかけを得る人との出会いと選択の数は、早ければ早いほど、多ければ多い方がいい。そういう意味で、なるべくそういうことはトピックとして触れたい。それは年下の人間に対して、普通の振る舞いだと思っています。発信の仕事をしているから、何かができなくなるとか、私は嫌だなと思っちゃうタイプなので、なるべく等身大で感じたことは言う。そしてみんなとシェアしたい。別に押し付けがましく意見したいわけじゃなく、会話をするきっかけが欲しい。それは年齢、性別関係なく、誰とでも。日常のバグみたいなものをたくさん起こしたいんです。
山本:ちなみに、『SUPER HAPPY FOREVER』で演じた凪は、ZINE(個人が作る少部数の小冊子)を作っている人という設定だったのですが、撮影当時、私も実際にZINEを作っていて、販売などをしていたんです。それは誰かに頼まれてなくて、自分が好きで作っていたんですけど、それを五十嵐監督が劇中、そのまま使ってくれています。あの映画は、なくなるものと、それでも存在するものの話だと解釈しているのですが、写真はそのひとつのアイテムですよね。私も本当にZINEを作っていて、普段から写真を撮っていたし、古着も好きだし、凪役を通して、自分のカルチャーが反映されています。
―ご自身が団地育ちで、カルチャーとの出会いが薄い場所で育ったことを公言されています。郊外の大型団地で育ったことを作品にしている安野モヨコさんの持つパワーとの共通項も感じます。
山本:そうですね。自分がどこで育って、どんな環境にいたかっていうのは、やっぱり自分を作っているものだから、そこを無視しない方が面白いって思っています。過去は今から変えられるもんじゃないじゃないですか。当時感じた時の私の感情は私だけのもの。だから、普段から、当時の声は聞くようにしてますね。
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山本奈衣瑠が語る「東の今泉力哉、西の磯部鉄平」
―この取材は、『夜のまにまに』の宣伝のお時間をいただいていて、私もこの映画は大好きなのでお聞きします。個人的に、今の日本の恋愛映画の匠の人として、私はかねてから「東の今泉力哉、西の磯部鉄平」と勝手にキャッチコピーを作っているのですが、山本さんはお二人の映画で主演を務めているという稀有な存在です。お二人の演出の特性などは、山本さんしか語れないので、ぜひ、そこを強くうかがいたいのですが。
山本:うわ! 本当だ。これは、私が言わないと(笑)。そうですね。二人ともに共通するのは、面白い人間の描き方をわかっているところ。それこそ、今泉さんも、磯部さんも、彼らの育った環境だったり、これまで見てきた風景だったり、好きなものがスクリーンに反映されて、絶妙な面白さになっている。それがテンプレにならなくて、それぞれ、自分しか持っていない独特の空気感につながっている。そういう意味では、唯一無二の監督ですね。
でもね、だからといって、似ているわけじゃないんです。二人とも優しいんだけど、今泉さんの映画の重要なワードとして、「人としてのダメなところ」っていうのが彼の中にはあると思う。そのうえで、今泉さんは、一人でいる時の面白い時間をすごく知っている人という感じがする。で、ダメなところが、なぜ、ダメじゃないのかということも知っている。だから、出てくるキャラクターがみんな愛くるしく見えるんだと。脚本の書き方、撮り方でどうにでもなっちゃうところ、今泉さんならではのセンサーがあって、現場ではそれが揺るがない。だから、全ての作品に一貫しているところがあるんじゃないかな。
山本:インディーズ時代から、今泉さんの映画を見てきた方たちの中には、最近、その枠を超えて広くお仕事されているのを見て、何かが変わってしまうんじゃないかなと心配している方もいると思います。でも、私の感覚ですが、どこにいたって今泉さんの中にある大切な軸みたいなものは変わらないんだろうなと感じます。だから、毎回、うれしいし、安心する。今泉さんがいろんなジャンルの仕事をするっていうのは、一ファンとしてはむしろ、とても嬉しいと感じています。
で、『夜のまにまに』の磯部さんは、今泉さんよりもうちょっとふざけていて、遊びの感覚が強い。それは、大阪人特有の、人のダメなところを、俺もそうやねんと自虐も込めて一緒に笑うっていう感じ。だからって、別にバカにして笑っているわけじゃないんですよ。磯部さんはセンチメンタルで、ロマンチスト。一方、今泉さんはダメなところを描きながらも笑わないし、そこはすごくリアリストですね。その違いはすごく感じます。
―『夜のまにまに』で演じている佳純は、恋人の浮気を疑い、バイト先の年下の青年を巻き込んで、夜な夜な監視するような女性ですが、見ているうちに、実はもうダメだとわかりながらも、彼への執着を捨てきれない切なさも感じ、終わりたくないがために夜を彷徨っているように見えます。
山本:私も夜の時間をすごく大事にしてるんですよ。なぜ大事にするかっていうと、何をしていても、町中が静かで、今いる空間が自分しかいないっていう気持ちになれるから。私は美術が大好きなんで、画集を見たり、本を読んだりして、夜更かしをしながら自分だけの時間を満喫することが好きで、それは誰にも奪い取られない時間でもある。
山本:『夜のまにまに』で私が演じた佳純と、私が監視に巻き込む加部亜門さんが演じる新平の二人も、多分、誰にも奪われない夜の時間を大切に共有していると思うんです。あの二人は、この映画の後、もしかしたら一生会わないかもしれないけれど、それでも、誰にも取られない二人の時間が自分たちの記憶の中にずっと存在する。そのことが、この映画の大好きなところです。
『夜のまにまに』
公開:2024年11月22日(金)
監督:磯部鉄平
出演:加部亜門/山本奈衣瑠/黒住尚生/永瀬未留/辻凪子/岬ミレホ/木原勝利/日永貴子/川本三吉/時光陸/大宅聖菜/辰寿広美 / 緒方ちか 他
配給:ABCリブラ
2023年製作/116分/G/日本
オフィシャルサイト:http://bellyrollfilm.com/mani/