第97回アカデミー賞で作品賞を含む10部門にノミネートされ、美術賞と衣装デザイン賞に輝いたミュージカルファンタジー映画『ウィキッド ふたりの魔女』が、3月7日(金)から公開されている。
名作児童文学『オズの魔法使い』(1900年)の前日譚として、「悪い魔女」と「善い魔女」の誕生秘話を描いたグレゴリー・マグワイアの小説『ウィキッド』(1995年)。2003年にブロードウェイミュージカルが上演されると、批評的にも興行的にも大きな成功を収めた。
本作は、このミュージカルを映画化した2部作の前編にあたる。このレビューでは、ジョン・M・チュウ監督の過去作との共通点を探りながら、映画ならではの魅力と社会的なテーマについて考察していきたい。
※以下、映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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『ウィキッド ふたりの魔女』とジョン・M・チュウ監督過去作の共通点
物語の舞台は、魔法と幻想の国オズ。魔力を持ちながらも、緑色の肌ゆえに周囲から疎外されて育ったエルファバ(シンシア・エリヴォ)と、人気者であり、特別でありたいと望むグリンダ(アリアナ・グランデ)。シズ大学で出会った正反対の2人は、最初は反目しながらも徐々に友情を築いていく。しかし、2人はオズの国の重大な秘密に直面し、決断を迫られる。

監督に起用されたのはジョン・M・チュウ。アジアのセレブリティの生活を描いた『クレイジー・リッチ!』(2018年)や、ラテン系コミュニティのミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』(2021年)などで高い評価を得た監督だ。
前者はシンガポールのリッチな生活を金や緑などの色彩を用いて表現し、後者はニューヨークの街並みを非常にカラフルな色彩で映し出している。本作でも、オズの首都エメラルドシティの緑をはじめとする鮮やかな色彩など、チュウ監督の華やかな世界観にまず惹き込まれるだろう。

色彩のほかに『イン・ザ・ハイツ』で話題になったものとして、壁の上での無重力にも見えるダンスがある。そこでは、『恋愛準決勝戦』(1951年)の回転するセットでフレッド・アステアが踊るシーンが参照された。
そして本作の図書館で踊る場面も、『恋愛準決勝戦』にインスパイアされている。ハシゴ付きの円形の本棚がいくつも並び、それがグルグルと回転する中、時には落下しながら大勢が踊る。この大掛かりなセットと高難易度のダンスは、映画の大きな見せ場になっている。
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ふたりの魔女と差別的な社会
『クレイジー・リッチ!』では、外国での生活や異文化に疎外感を抱く主人公が家族と対立しながら成長していく様子が描かれたが、そこに表現されたのは、異なる背景をもつ者たちの衝突と共存だった。
『ウィキッド ふたりの魔女』は、対照的な背景を持つ2人の違いを現代的な仕方で浮き彫りにしながら、ミュージカル版と同様、疎外された他者への差別と偏見、抵抗といったテーマを表現している。

緑色の肌を持ち黒い衣装のエルファバは、人種のみならず、抑圧されたあらゆるマイノリティやアウトサイダーを象徴する存在だと解釈できる。その外見による疎外や排除が作中で強調されているだけでなく、その振る舞いも嘲笑され、彼女の持つ不思議な力は不気味がられている。
このエルファバ役を、ブロードウェイではイディナ・メンゼルが演じていた。映画で抜擢されたのは、アフリカ系でクィアでもあるシンシア・エリヴォだ。シンシアは、エルファバの役柄にアフリカ系女性としての自らのアイデンティティを強く結びつけようとした。マイクロブレイズの髪型や黒く長いネイルは、シンシアのアイデアだそうだ。
参照:シンシア・エリヴォ、『ウィキッド』エルファバ役のヘアスタイルとネイルに込めた特別な思い
一方で、アリアナ・グランデが演じるグリンダは、エルファバと正反対の特徴をもっている。グリンダの周りは淡いピンクと白で彩られており、陽気な人気者である彼女は、最初はある種の特権性を象徴する存在として描かれる。

さらに、この映画におけるグリンダの立ち振る舞いには、現代のセレブリティやインフルエンサー的な要素も付け加えられている。グリンダがエルファバの横に立ち、少し顔を傾けて斜め上を見るショットは、カメラを持っていないにも関わらず、まるでスマートフォンで自撮りをしているかのようだ。また、縦長の枠内に彼女を映した構図がいくつか見られるのも、そうした側面を強調しているように思える。
ある場面で、グリンダの無邪気さゆえにエルファバがあざ笑われ辱められるが、そこで感情を抑えて踊るエルファバを見て、グリンダは反省し2人の友情が培われていく。しかし、グリンダはその後も自己中心的な面を見せており、完璧な善人ではない。モラルと内面の成長が複雑に描かれるのも今作の特徴だ。
