3月25日、東京・代官山 蔦屋書店にて、古舘佑太郎初の著書『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』(幻冬舎)刊行記念トークイベントが開催された。
スペシャルゲストは、長年交流のある先輩ミュージシャン・サカナクションの山口一郎。バンドTHE 2が解散し悶々としていた古舘に、突如「カトマンズに行け!」と命じた張本人である。
レアな対談だけあってチケットは完売御礼、会場もパンパンで立ち見席が出るほどの熱気ぶり。山口が繰り出す愛ある叱咤激励に、古舘も汗だくでタジタジに。北方謙三の人生相談や岡本太郎の強烈な言葉を彷彿とさせつつ、悩める人やくすぶっている人に届く言葉がきっとあるはずだ。
INDEX
バンド解散の報告に行ったら……「カトマンズに行け!」
古舘:本日はお集まりいただきありがとうございます、古舘佑太郎です。今日はよろしくお願いします。
僕、一郎さんとはもう10年ぐらいの付き合いになるんですけど、これまでずっと一郎さんに呼んでもらって、会いに行く形ばかりだったんです。だから今回、自分のフィールドに迎え入れるのは初めてでして、かなり緊張して楽屋でも全然椅子に座れなかったんですよ。ようやくいま座れて、落ち着いた感じです(笑)。みなさん、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
それではさっそくご紹介しましょう。今日のスペシャルゲスト、山口一郎さんです!
山口:みなさんこんばんは、サカナクションの山口一郎です。今日は集まってくださって、本当にありがとうございます。
古舘:さて今日は、僕にとって初の著書になります『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』の刊行記念イベントです。なので、一郎さんと色々お話させていただきたいなと思っています。人生でこういうことは初めてなので、まだちょっと手探り状態なんですが……。

1991年4月5日生まれ。東京都出身。2008年、バンド「The SALOVERS」を結成し、ボーカル・ギターとして活動スタート。2015年3月、同バンドの無期限活動休止後、ソロ活動を開始。2017年3月、新たなバンド「2」を結成。2021年6月に活動休止し、2022年2月22日にバンド名を「THE 2」に改め再開。2024年2月22日に解散。俳優としては、2014年、映画『日々ロック』でデビュー。以降、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』、映画『ナラタージュ』、NHK大河ドラマ『光る君へ』などに出演。主演映画に『いちごの唄』『アイムクレイジー』などがある。
山口:でもみなさん、古くん(古舘)のこの本を読んで、平日のこの時間にわざわざ来てくださってるわけでしょ? だから、今日は古くんの話を聞きたいんだよ。古くん自身がこの本に込めた思いとか旅のこととか、色々話してあげたほうがいいよ。

1980年9月8日生まれ。北海道小樽市出身。「サカナクション」として、2007年にメジャーデビュー。文学的な表現の歌詞と、幅広い楽曲のアプローチは新作をリリースするたびに注目が集まり、第64回NHK紅白歌合戦に出場、第39回日本アカデミー賞にて最優秀音楽賞をロックバンドで初めて受賞するなど、その活動は高く評価されている。2021年11月に行ったオンラインライブでは、2日間で5万人の視聴者を集めた。2024年4月から、およそ2年ぶりとなる15万人規模の全国アリーナツアー「SAKANAQUARIUM 2024 “turn”」を開催。大型野外フェスにはヘッドライナーで登場する他に、イベントとのコラボレーションを行うなど、現在の音楽シーンを牽引する存在として活躍している。2015年から音楽と様々なカルチャーが混ざり合うコンテンツを企画するプロジェクト「NF」をスタートさせ、2023年には作り手とコラボレーションし、製造背景にもフォーカスをあて発信するプロジェクト「yamaichi」を発足。同年3月には初の単著『ことば 僕自身の訓練のためのノート』、2024年に同シリーズ2作目を刊行するなど、多様な活動を行う。2025年2月、NHKアニメ『チ。 ―地球の運動について―』主題歌「怪獣」をリリース。現在、全国ホールツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」公演中。
古舘:いやいや、一郎さんとクロストークしたいなって。
山口:そもそも俺、色々言いたいことあるからさ!
古舘:マジっすか? 早いですね(笑)。
山口:まず、古くんがこの本を出すことになったきっかけ……俺が作ったようなもんだよね?
古舘:それは間違いないですね。
山口:この本の担当編集さんは、僕が病気になった時に取材をしてくれた方でね。
古舘:僕、それをこの作業を始めた後に知って、「あ、もう囲まれてるんだな」って感じました。
山口:それで俺、彼女に「古舘ってやつがいて、いま旅に出てて、インスタがすごいおもしろいから見てみてください」って言ってさ。「もしよかったら書籍化とかお願いできませんか? あいつの旅も報われると思うんで」って頼んだの。それでお前、本出したんだよ。
古舘:じゃあ僕、完全に一郎さんの手のひらで踊らされてたってことですね(笑)。
山口:それにさ、旅出る前は、その様子をインスタにあげないつもりだったじゃん?
古舘:はい。あげないつもりだったんです。
山口:で、俺言ったじゃん。「なんで旅するのに、それを自分のコンテンツにしないの?」って。そしたら、旅に出たらインスタにあげ始めて、色んな人たちと交流してたよね。

古舘:旅が始まる前は、ほんとそれどころじゃなかったんですよ。なんでこんな目に遭ってるんだろうって、怒りのコントロールから始まってたというか。
今日、まず最初に一郎さんと話したいなと思ってたのが、「カトマンズに行け!」って言われたあの日のことなんです。一郎さん、覚えてますか? もう1年以上前だと思うんですけど。
山口:覚えてるよ。名古屋だったよね? 俺のソロライブの時。
古舘:そうです。バンドを解散するっていうことを伝えに行った日でした。
山口:俺、来るって聞いてたし、ピンときてた。あいつ、バンドやめるなって。「このままじゃいかんな」と思って、俺のマネージャーやスタイリスト、周りのみんなに「古舘を旅に行かせたほうがいいよね」って話してたのよ。だから、お前が楽屋に入ってきた瞬間に「要件は?」って言ったんだよ。
古舘:楽屋のドア開けたら、鏡越しに一郎さんと目が合って。ライブが終わってから言おうと思ってたのに、いきなり「要件は?」って(笑)。でもそれって、もう僕がなにを言うかわかったうえで、きっかけを作ってくれたってことですよね?
山口:うん、もうわかってたよ。ライブ直前に楽屋に入ってきてモジモジしてるやつがいたらさ、そう言うしかないでしょ(笑)。
古舘:それで僕も思わず「実はバンドを解散することになりまして……」って言ったら、即「カトマンズ行け!」でしたからね。あれって、事前に決まってたからあのスピード感だったんですね?
山口:そうそう。カトマンズに飛ばしたのは俺ってことになってるけど、実はチームサカナクション全体の総意だったから。「行かせたほうがいいよね」って。
古舘:いま、全部繋がりました。誰も止めてくれなかったんですよ。一郎さんがカトマンズの地図を出し始めた時、僕はもうパニック状態で。カトマンズの場所もわかってなかったし、てっきりオーストラリアにあると思ってたし(笑)。周りにいたスタッフさんたちも助け船を出してくれるのかと思ったら、みんな目をそらして……。なるほど、チームごとそういう感じだったんですね(笑)。
INDEX
我々の仕事は代弁すること、通訳すること
山口:我々は冷静に、俯瞰で見てるわけですよ、「古舘」っていう人間を。でもお前はずっと主観で見てるから、自分がどんな人間かなんて都合よくしか捉えてないと思うよ。自分自身がわからないまま生きてたんだと思う。
古舘:いや、ほんとそうですね……。長いことずっと、自分がなんなのか全然わからなくて。
山口:古舘ってスポーツもできる、文章も書ける、演技もできる。しかもミュージシャンとしても才能あるわけよ。全部持ってるのに、「なんで?」って。なにが足りないんだろうって疑問だった。でも、だんだん付き合っていくうちにわかってきたわけよ。
古舘:もう10年ですもんね、僕ら。
山口:お前は器用すぎるんだよ。一回でも本気で熱くなったことあるか? って思うわけ。
古舘:確かにその熱はどんどん下がっていくばかりでしたね。
山口:勉強もできるし頭もいい。でも、なにか一つに対して、本気を通り越して狂気になった人間がこういう仕事についていくわけじゃん。だから失敗した時には見向きもされないし、成功した時には人とは違うものを生み出していってリスペクトしてもらえるっていう、リスキーな人生というかさ。そういう道を選んでるわけじゃない?
でも、お前はリスクを背負わないじゃん。常にのらりくらり、うまくいきそうだったらふわっと乗っかって、辛くなったらひょいっとかわして。そのかわし方も周りが納得してくれるような理屈つけてさ。お父さんが有名人だし、生活で苦しい思いしたこととかないだろう?

古舘:う……(笑)。20代の時、自分の尺度の中ではきつかったんだと思うんですけど、いま振り返ると、一郎さんが言ってくれてた意味はわかります。当時は確かに、自分のすごく短い物差しでしか物事を測ってなかったなとは思いますね。
山口:我々の仕事は代弁すること、通訳することだと思う。いまを生きている人たちの気持ちや誰も言葉にできなかったことを代弁したり、その気持ちを通訳したり。それがお前にはできるはずなのに、そこまで深く入り込もうとしない。
古舘:それは本当に思いますね。一番大きかったのは、自信がどんどんなくなっていったことです。自分のことが好きだったはずなのに、いつの間にか嫌いになってた。自分の中には正解なんてひとつもなくて。一郎さんはミュージシャンとしても人としても先輩で、答えを持ってる。でも僕にはない。一郎さんに会いに名古屋に向かってる時、その強烈な劣等感がピークに達してた時でした。
だから一郎さんに「カトマンズに行け!」って言われた時、「僕には無理だ、行けるはずがない」って本気で思ったんですよ。実は、タイに3日間ぐらい滞在してすぐ帰ってこようって計画だったんです。一郎さんも「誰にも言わなくていい」って言ってくれてましたよね。
でも、いざ出発したらちゃんとばらされた(笑)。あれ、なんでですか? やっぱり見透かされてたんですかね? こいつは逃げるぞって。
山口:いやでも、行くには行ったから。そこからはもう、みんなにも知ってもらって、「自分の旅をちゃんとコンテンツにしろ」って思った。
古舘:そうですね、この本にも「なんでばらしたんだ」みたいなこと書きましたね。あれでもだいぶ削ったんですけど、本当の日記にはもっと愚痴っぽいこといっぱい書いてました。