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アカデミー賞10部門ノミネート『ブルータリスト』が映し出す創造の光と影

2025.2.22

#MOVIE

第97回アカデミー賞で10部門にノミネートされ、映画ファンの間で大きな話題となっている『ブルータリスト』。

第二次世界大戦を生き延びたハンガリー系ユダヤ人建築家の半生を描く本作は、フィルム撮影、章仕立ての構成、インターミッションを挟む上映形式など、クラシカルな映画作りを踏襲しながらも、新鋭ブラディ・コーベット監督ならではの革新的な演出が光る3時間35分の大作だ。

エイドリアン・ブロディ、ガイ・ピアース、フェリシティ・ジョーンズら実力派キャストが織りなす濃密なドラマと、コーベット作品ならではの重層的なテーマが絡み合う本作の魅力を紐解く。

※以下、映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

アカデミー賞10部門ノミネート『ブルータリスト』ーー新鋭ブラディ・コーベットが描く建築家の半生

第97回アカデミー賞で10部門にノミネートされている映画『ブルータリスト』。第二次大戦後、ホロコーストを生き延び、アメリカへ渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家の半生を描く3時間35分の大作だ。一見すると古色蒼然にも思える本作の監督を務めているのが36歳の新鋭ブラディ・コーベット。2016年『シークレット・オブ・モンスター』で長編映画監督デビューを果たし、続く2018年作『ポップスター』でナタリー・ポートマンを主演に迎えた。監督第3作目となる『ブルータリスト』ではヴェネチア映画祭銀獅子賞はじめ、多くの映画賞に輝いている。

俳優としてキャリアをスタートし、ミヒャエル・ハネケ(『ファニーゲーム U.S.A.』)、ラース・フォン・トリアー(『メランコリア』)、オリヴィエ・アサイヤス(『アクトレス〜女たちの舞台〜』)らヨーロッパの名だたる異才が並ぶフィルモグラフィからは、映画作家としての志向が存分に伺える。

才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラスロ・トス(エイドリアン・ブロディ)は、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ゾフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラスロは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。建築家ラスロ・トスのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラスロの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラスロへ依頼した。しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラスロが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だったのだ――。

クラシカルな大作形式と革新的演出が織りなす映画体験

製作費わずか1000万ドル、撮影期間33日で作られた『ブルータリスト』はフィルム撮影、章仕立ての構成、前後編各100分の間に設けられた15分のインターミッションという、クラシカルなまでの大作映画の形式が取られている。

これだけなら懐古主義のシネフィル監督と受け取られかねないところだが、『ブルータリスト』で発揮されているのは3時間35分の隅々に至るまで施されたコーベットの演出力、映画全体へのデザイン力だ。オープニングクレジットは画面下を右から左へ向けて流れ、全編に渡ってダニエル・ブルンバーグ(元ケイジャン・ダンス・パーティーのフロントマン)による音楽がジャンルを横断して響き渡る。湧き出るようなストーリーテリングは長尺を飽きさせることなく、物語に身を任せる快感に満ちている。暗闇に身を潜め、没入し、長きに渡る劇中時間を体感することは大作映画の楽しみの1つだ。

コーベットはアカデミー賞で監督賞のみならず、オリジナル脚本賞にもノミネートされている。共作のモナ・ファストボルドはコーベット作品の常連俳優にして、実生活のパートナーでもある。彼女も2020年に『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』で監督デビューし、この映画でコンポーザーを務めていたのがダニエル・ブルンバーグだった。日本では劇場未公開に終わったものの、19世紀アメリカの寒村を舞台に女たちの秘めたる想いを描いたクィアドラマの秀作である。

俳優監督としての手腕ーーコーベットが生み出した演技賞ノミネートの名演

多くの俳優監督同様、コーベットも役者へのディレクションに秀でた作家だ。監督デビュー作からロバート・パティンソンら演技派スターを迎えてきた彼は、『ブルータリスト』で3名を演技賞ノミネートに送り込んでいる(今回のアカデミー賞では『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』と並ぶ最多)。中でも『戦場のピアニスト』以来22年ぶりのノミネートとなるエイドリアン・ブロディは、主演男優賞の本命だ。彼は再び流転のユダヤ人に扮し、より複雑な人物像を作り上げている。主人公ラースローはハンガリーで名を成したブルータリズム建築家であり、正義や自由、愛よりも普遍の美を求める天才ゆえの純粋さは、観客の安易な感情移入を許さない。しかし、そこには限られた者だけが持つカリスマ性も放たれているのだ。

渡米後、一労働者に身を落としたラースローの才能を見出すのがガイ・ピアース演じる大富豪ヴァン・ビューレン。映画ファンには『LAコンフィデンシャル』『メメント』が語り草の名性格俳優は、意外にも今回が初のオスカー候補。ヴァン・ビューレンは類まれな資産家だけに備わる特権性と俗悪さを合わせ持ち、一大プロジェクトを担うラースローの才能に所有欲を募らせていく。資本家と芸術家という均衡から夫ラースローを遠ざけようとするエルジェーベトを演じるのはフェリシティ・ジョーンズ。第2部に入って初登場する彼女は、『ブルータリスト』を司る三位一体の一翼だ。

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