第97回アカデミー賞で10部門にノミネートされ、映画ファンの間で大きな話題となっている『ブルータリスト』。
第二次世界大戦を生き延びたハンガリー系ユダヤ人建築家の半生を描く本作は、フィルム撮影、章仕立ての構成、インターミッションを挟む上映形式など、クラシカルな映画作りを踏襲しながらも、新鋭ブラディ・コーベット監督ならではの革新的な演出が光る3時間35分の大作だ。
エイドリアン・ブロディ、ガイ・ピアース、フェリシティ・ジョーンズら実力派キャストが織りなす濃密なドラマと、コーベット作品ならではの重層的なテーマが絡み合う本作の魅力を紐解く。
※以下、映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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アカデミー賞10部門ノミネート『ブルータリスト』ーー新鋭ブラディ・コーベットが描く建築家の半生
第97回アカデミー賞で10部門にノミネートされている映画『ブルータリスト』。第二次大戦後、ホロコーストを生き延び、アメリカへ渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家の半生を描く3時間35分の大作だ。一見すると古色蒼然にも思える本作の監督を務めているのが36歳の新鋭ブラディ・コーベット。2016年『シークレット・オブ・モンスター』で長編映画監督デビューを果たし、続く2018年作『ポップスター』でナタリー・ポートマンを主演に迎えた。監督第3作目となる『ブルータリスト』ではヴェネチア映画祭銀獅子賞はじめ、多くの映画賞に輝いている。
俳優としてキャリアをスタートし、ミヒャエル・ハネケ(『ファニーゲーム U.S.A.』)、ラース・フォン・トリアー(『メランコリア』)、オリヴィエ・アサイヤス(『アクトレス〜女たちの舞台〜』)らヨーロッパの名だたる異才が並ぶフィルモグラフィからは、映画作家としての志向が存分に伺える。
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クラシカルな大作形式と革新的演出が織りなす映画体験
製作費わずか1000万ドル、撮影期間33日で作られた『ブルータリスト』はフィルム撮影、章仕立ての構成、前後編各100分の間に設けられた15分のインターミッションという、クラシカルなまでの大作映画の形式が取られている。
これだけなら懐古主義のシネフィル監督と受け取られかねないところだが、『ブルータリスト』で発揮されているのは3時間35分の隅々に至るまで施されたコーベットの演出力、映画全体へのデザイン力だ。オープニングクレジットは画面下を右から左へ向けて流れ、全編に渡ってダニエル・ブルンバーグ(元ケイジャン・ダンス・パーティーのフロントマン)による音楽がジャンルを横断して響き渡る。湧き出るようなストーリーテリングは長尺を飽きさせることなく、物語に身を任せる快感に満ちている。暗闇に身を潜め、没入し、長きに渡る劇中時間を体感することは大作映画の楽しみの1つだ。

コーベットはアカデミー賞で監督賞のみならず、オリジナル脚本賞にもノミネートされている。共作のモナ・ファストボルドはコーベット作品の常連俳優にして、実生活のパートナーでもある。彼女も2020年に『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』で監督デビューし、この映画でコンポーザーを務めていたのがダニエル・ブルンバーグだった。日本では劇場未公開に終わったものの、19世紀アメリカの寒村を舞台に女たちの秘めたる想いを描いたクィアドラマの秀作である。